序章:紅と赤の日

1/3

20人が本棚に入れています
本棚に追加
/94ページ

序章:紅と赤の日

 紅蓮の炎。  青年の目に映り込んだ景色は、その一色だった。  城が燃えている。三百年、このシャングリア大陸の中心として君臨し続けてきた盟主国グランディアの王城アガートラムが、反逆者の手によって()ちようとしている。  行かねば。その一念が青年の心を支配する。彼女のもとへ。誰よりも敬愛する主君のもとへ。  迫りくる敵を、「邪魔だ」の一言と共に、銀の刃を振るって斬り倒す。紅の中に血の赤がしぶいて、視界がおかしくなりそうだ。  だが、怯んでいる暇など無い。歩みを止めれば、その時間分、彼女に危険が迫る可能性が高まってゆくのだから。  拳で頬の返り血を拭い、廊下を駆ける。やがて、がんがんと、何か硬い物を打ち壊そうとする激しい音が耳に届いた。  嫌な予感がする。焦燥に駆られるまま廊下の角を曲がった時、その予感が幻想では済まなかった事を、彼は思い知らされた。  敵は、二人。足元には、無惨に斬り捨てられて血の海を床に広げる正規兵の死体が、ふたつ。反逆者はそれぞれ大剣を手に、木製の扉に打ちかかっている。いくら扉が頑丈といえど、いつかは壊れる。そうすれば、彼女を守る物は最早何も無い。  咄嗟に青年は床を蹴り、一息で無頼漢達との距離を詰めると、驚きを顔に満たしてこちらを向く連中に、容赦無く剣を振るった。銀の輝きが舞い、一人の頸動脈を断ち切り、一人の心臓を一突きに。  その場に崩れ落ちる敵には目もくれず、血染めの己を顧みる事も無いまま、青年は扉に取りつき、大きく叩きながら、中にいるだろう人物に向けて声を張り上げる。 「――――様! ご無事ですか、――――……っ!」  だが、その叫びは、背後から襲いきた鋭い痛みに中断させられる事となった。  歯を食いしばって振り向けば、倒したはずの敵が、最期の力で立ち上がり、剣を振り抜いた体勢のまま、にやりと唇を歪めている。そして、ゆっくりと前のめりに倒れ込み、二度と動かなくなった。  だが、青年も起き上がっている事がかなわなくなった。扉に爪を立てるが、虚しく滑り落ち、床に這いつくばるように、かろうじて肘と膝をついて、全体重を支える。  斬りつけられた背中が熱い。生命が血液となって身体から溢れ落ち、今にも意識が遠のきそうだ。  死ぬのか。彼女を守りきれないまま。  絶望が黒い死神の姿をとって覆いかぶさってくる幻覚を見た時。  不意に、白く温かい光が青年に降り注いだ。背中の流血が止まって痛みが霧散してゆく。  回復魔法。魔力を帯びた選ばれし者のみに使える奇跡の業。そして、これだけ強力な回復の術を使える人間を、彼は一人しか知らない。  果たして、顔を上げた時、青年が思い描いた通りの人物が、そこに立っていた。
/94ページ

最初のコメントを投稿しよう!

20人が本棚に入れています
本棚に追加