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丘の上から、煙のぼり立つトルヴェールを見た時、馬上の男は脳裏に鮮やかに蘇った光景に頭痛を覚え、小さく呻きながら頭に手をやった。この記憶を呼び覚ます時は、常に後悔と痛みが、彼に訪れる。これでも、時を経て症状は軽くなった方で、昔は、少しでも浅い眠りに落ちれば夢に見て、鈍い頭痛と戦いながら眠れぬ夜を過ごしたものだ。
「アルフレッド様、大丈夫ですか」
隣に馬を並べた青年が声をかけてくる。
「……大丈夫だ、問題無い」
暑くもないのにこめかみを汗が伝い、ちっとも大丈夫そうではないのに、男――アルフレッド・マリオスは、平静を装って応えた。
「アルフレッド様、私が先行します」
純白の羽根を持つ巨大な魔鳥アルシオンを駆る、薄紫の髪の少女が、魔鳥を彼の傍らに寄せて、瞳を細めた。
「もしもの場合には」
「ああ」アルフレッドは薄茶金の髪を手で払い、汗を拭いながらうなずく。「戦闘行為を許可する」
少女が首肯し、魔鳥の翼をはためかせて、トルヴェール村へと急行する。アルフレッドも、視界を横切る過去の悪夢の幻を振り払うかのように、馬を叱咤して、丘を駆け下りていった。
しかし、村に辿り着いたアルフレッドらが見た光景は、危惧していたものと全く違った。
消火にあたる村人達。広場に集められぐるぐる巻きにされた帝国兵。そして彼らの傍に立つ少年少女の姿。
「エステル様!」
「アルフレッド叔父様!」
その中に銀髪の姪の姿を見つけて声を張り上げれば、翠の瞳がふっとこちらを向き、ぱっと笑顔がはじける。どうやら彼女は、村の危機にあたって遂に戦ったらしい。
「ご無事でしたか……」
自分の手の届かないところで彼女を失ったら、とても彼女の両親に顔向けは出来ない。馬を降り駆け寄って、安堵の吐息をついた彼の耳に。
「アルフレッド・マリオス。十六年前に尻尾を巻いて逃げ出した聖剣士くずれか」
捕虜となった帝国兵の罵声が飛び込んできて、アルフレッドは表情を硬くした。その先を言わせるわけにはいかない。今こんな場所で知らせるわけにはいかない。そんな彼の焦りなど露知らず、帝国兵は続ける。
「この大陸を守らなかった大罪人の娘を匿い育てた、愚か者めが」
「……大、罪人?」
エステルがきょとんと目をみはる。聞かせる訳にはいかない。姪の両耳を塞ごうとするより先に、「お前達母娘の事だ」と帝国兵は『その言葉』を言い放った。
「優女王などと崇め奉られて調子に乗りながら、世界を守らなかった、グランディア女王、ミスティ・アステア・フォン・グランディアの娘、エステル・レフィア・フォン・グランディア!」
姪は、何を言われているのかわからない、という表情をしていた。アルフレッドが十六年間秘めてきた真実を、今、こんな形で明かされるとは。拳を握り締めて歯軋りする。
「罪人の娘だ」「死んで当然だ」「この反逆者が!」
一人につられて口々に罵りを放つ帝国兵を前にして、エステルがふらりとよろめく。咄嗟に隣のクレテスが彼女の身体を支えたが、許容量を超えた衝撃のあまりか、彼女はぐったりと脱力して、自力で立つ事もままならぬ様子であった。
「クレテス」
アルフレッドは、少年に声をかける。ひどく落ち着き払った、一片の感情も無い声色で。
「エステル様を安全な場所へ。リタとロッテも行くんだ」
少年少女は互いに戸惑い気味の顔を見合わせたが、聡い子供達だ。「行け」と再度言い含めると、ここにいてはいけないとわかったのだろう。今度は素直に従い、エステルを気遣いながら場を離れてゆく。
四人の姿が見えなくなったところで、アルフレッドは捕虜達に振り返り、腰に帯びた銀の剣を鞘から解き放った。
刃に祝詞の刻まれた、世界に一つしか存在しない、彼だけの為の聖剣『信念』を手にした男の、褐色の瞳が、絶対零度に凍る。
「こんな形で、あの方に真実を伝えた事、地獄の底で後悔しろ」
そうして、恐怖に顔をひきつらせた帝国兵達が悲鳴をあげる暇も与えずに、聖剣を振り下ろした。
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