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 気がつくと、夕陽差し込む部屋の中、ベッドの上だった。 「大丈夫か」  心配そうにかけられる声の方へ視線を動かせば、蒼の瞳がこちらを覗き込んでいる。 「クレテス……」  ぼんやりと相手の名前を呼べば、少年はこちらの額に手を当て、「熱は無さそうだな」とぼやくように言った。  そこで、泉が湧くように記憶が蘇ってくる。初めて人を殺した。この手で斬り捨てた。そして彼らが呪詛のように言い放った名前。グランディア。 「私、は」  ベッドの上に半身を起こし、今更震える両手を見下ろしていると、部屋の扉が開く音がして、リタとロッテが姿を現した。 「エステル、平気か?」 「お茶を持ってきたから、飲んで。落ち着くと思うの」  リタが決まり悪そうに片手を挙げ、ロッテがお盆に載せたマグカップを差し出す。彼女が好きな、カモミールとブルーマロウのブレンドを口に含めば、甘い熱が喉を滑り落ちてゆき、昂っていた気持ちが鎮まってゆくのを感じた。 「エステル様、お目覚めですか」  人心地ついたところで、アルフレッドが、クレテスの兄ケヒトとリタの従姉ラケを連れてやってきた。叔父はシャツを着替えていたが、血のにおいがする。実は自分にこびりついたものではないのかと今更気になって、自身のにおいをかぎ、そうではない事を実感して、不謹慎にも安堵の吐息をついた。 「叔父様」  それから、叔父をまっすぐに見すえて、問いかける。 「帝国兵は、私を探していました。教えてください、叔父様。私は一体、何者なのですか」  アルフレッドが諦めたように深々と息をつき、 「本当は、もう数年は機をはかるつもりだったのですが、こうなってしまった以上、仕方ありません」  と、重たい鉛を吐き出すかのように口を開いた。 「あたし達は、いない方がいい?」  何にでも首を突っ込みたがるリタが、彼女にしては珍しく控えめに訊ねると、「いや」とアルフレッドは首を横に振った。 「丁度いい機会だ。お前達も知るべき時だろう」  そうして叔父は、エステルに向き直る。 「四英雄の伝説は、ご存知ですね」  その言葉に、エステルはしっかりとうなずく。三百年前、シャングリア大陸を支配していた魔族の王イーガン・マグハルトを打ち倒し、人の世を築いた、聖王ヨシュア・イルス・フォン・グランディアの名は、シャングリア大陸に生きる者として知らぬはずが無い。子供が枕元の御伽話として必ず聞く伝説だ。  聖王ヨシュア、その弟ノヴァ、竜族の王ヌァザ、魔族でありながらヨシュアと共に戦った英断魔将リグ。彼らを総称して、『四英雄』と呼ぶ。 「貴女の母君であるミスティ様は、聖王ヨシュアを祖とするグランディア王国の、第十九代国王であらせられました」
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