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 ミスティは、ヨシュアの血を引くグランディア国王アルベルトと、竜王ヌァザの娘ドリアナの間に生まれた混血で、稀有なほどに強大な魔力を持っていた。だが、彼女はその力を決して他者を傷つける為に振るう事は無かった。適性の無い者が使えば生命力を削る回復魔法の才に恵まれた事もあって、彼女は自身の魔力を、ただただ、人々を癒す為に用いた。  大陸の平穏と他種族との相互理解を目指していた、父アルベルトと母ドリアナの志を、ミスティは引き継いだ。大陸の各国に友好を呼びかけ、魔族、竜族ら大陸での少数派(マイノリティ)にも理解を示し、抱える軍は侵略の為ではなく、自国の防衛あるいは、協力国が侵略を受けた際の援護の為に動かした。 「偽善者、と嘲笑う者も当時からいました。しかし、彼女を支える人間の方が多かった。その先頭に立っていたのが、私の兄ランドールでした」  アルフレッドの二つ年上の、腹違いの兄、ランドール・フォン・マリオスは、ミスティの幼馴染として、また、銀色の翼を持つ幻鳥(げんちょう)ガルーダ『ブリューナク』を駆る女王騎士として、彼女を支え、ごく順当に夫の座に収まった。  だが、彼女の理想は、そんな生温い妄想、とばかりに打ち砕かれる。十六年前の冬に起きた、宰相ヴォルツ・グレイマーの反乱であった。  ランドールは、ヴォルツの仕掛けた僻地での反乱を鎮めに赴いた先で、ヴォルツ側に引き込まれていた部下に裏切られ、『ブリューナク』ごと撃ち落とされた。  女王騎士を失ったグランディア城は炎に包まれ、アルフレッドはミスティから赤ん坊のエステルを託されて、生き残った仲間達と共に、この北方ムスペルヘイムに落ち延びた。グランディアと懇意にしていたムスペルヘイム女王メリアイ・エリューニスは、彼らを快く迎え入れ、トルヴェール村とその周辺の集落を、身を隠す場所として提供してくれた。  その後、グランディア王国はヴォルツを皇帝とする帝国と化し、ミスティは望まぬ皇子を一人残して逝去。メリアイ女王も討たれて、ムスペルヘイムは帝国の圧政下に置かれた。 「ミスティ様を、戦乱を止められなかった魔女として謗る者は後を絶ちません」  褐色の瞳に一瞬怒りをにじませて、アルフレッドは「ですが」と続ける。 「ミスティ様の血を引く、正統なグランディア王国の後継者であるエステル様が、帝国へ立ち向かう旗頭となれば、その評価を覆す事も可能でしょう」  そうして彼は、エステルに向けて深々と頭を下げる。 「エステル様、どうか、解放軍の盟主としてお立ちください。このトルヴェールだけでなく、周辺には、グランディアの心ある兵の生き残りや、その子供達が、多く住んでおります。その誰もが、エステル様のご成長をお待ちしておりました」  そして一拍置いて、叔父は力強く、告げた。 「どうか、我々を希望へとお導きください」  その姿を前に、エステルは困惑を隠せなかった。  この叔父が、普通の身内が取るような態度ではなく、姪を『様』づけで呼び、あたかも従者が主人に仕えるかのごとく恭しい態度を崩さずに接してきた理由は、今わかった。村人達が時折、期待に満ちたまぶしそうな目で自分の剣技を見守ってきた理由もわかった。  それでも、だ。  自分に、帝国という巨大な岩を打ち砕く力はあるのだろうか。そんな大それた行動を起こす事は、可能なのだろうか。  茶を飲み落ち着いて忘れたはずの、人の肉を裂く感触が、生々しく掌の内に蘇って、毛布を握り締める手が震える。  叔父から顔を逸らしてうつむき、痺れたようにもつれる舌を励まして、ようよう出てきた言葉は、 「……考えさせてください」  その一言であった。
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