第1章:翠の瞳に決意が宿る(1)

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第1章:翠の瞳に決意が宿る(1)

 十六年前に興ったグランディア帝国は、その侵略の版図をシャングリア大陸全土へと広げていた。  支配下に置かれた国の状況は悲惨で、各地の占領官は重税、重労働を人々に課し、役人の横暴は日常茶飯事。袖の下に手を伸ばして何とか生命の安全を図ろうとした者は、安堵しつつ砦を出ようとしたところで背後から心臓を突かれて崩れ落ちる。帝国兵は、民への暴虐や略奪を平気で行い、女を襲い、泣き叫ぶ子供を吊るし上げて手足を削ぎ、残虐極まりない行為に笑声をあげた。  帝国への非難の声を聞き届ける者など無い。いまだ反抗を試みる勇敢な心ある者もいるにはいたものの、どれもまとまりのない小規模反乱のまま叩き潰され、指揮を執った人間は、見せしめに街の広場で公開処刑として首を落とされた。  圧倒的な恐怖支配。全ての希望は絶たれたかに思われた。  だが、ある頃から、ひとつの噂が流れ始める。  いわく、亡くなったグランディア女王の遺児が、旧グランディア王国の忠臣達の手に守られて、育てられているのだと。  はじめは誰もが、絶望の中に生じた妄想として、諦めの溜息をついていた。しかし、帝国が、既に滅びた大陸北東の王国ムスペルヘイム領に、密かに多くの兵を送り込んで、何かを捜索している、その情報がまことしやかに流れ始めると、人々の抱く思いも変化を見せた。 『争い無き世界を望む優女王』の御子ならば、自分達を救ってくれるかもしれない。帝国を打ち倒し、元の穏やかな大陸を取り戻してくれるかもしれない。  女王を魔女、悪女と讒謗(ざんぼう)した事も忘れ、彼らは顔も知らぬ相手に期待を寄せ、掌を返したように、英雄の登場を待った。  聖王暦二九八年三月。  将来の英雄は、いまだ自分の出生と課せられた運命を知らぬまま、ムスペルヘイムの辺境村トルヴェールで、年頃の若者の暮らしを営んでいた。
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