第1章:翠の瞳に決意が宿る(1)

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 現在シャングリア大陸を支配しているグランディア帝国の兵は、占領下の旧ムスペルヘイム王国内の各地に散らばっている。「占領国の治安維持の為」などという名目は方便に過ぎず、兵士達は村々を襲い、略奪、放火、強姦、殺戮といった、非道の限りを尽くしてやまない。それがここ数年、ムスペルヘイム領内で北の果てに位置するトルヴェール近くでも、姿を見受けるようになった。 『決して村から出ないように』  トルヴェールの大人達は、そうやって少年少女を諭す。ことエステルに対しては、絶対に帝国兵に顔を見られるな、と、彼女の育ての親である叔父アルフレッドを筆頭に、強く言い含めてきた。  自分が帝国兵に見つかると、どんな悪い結果をもたらすのか。エステルは知らない。大人達はただただ、見つかるな、と言い、しかし、『将来必要になる』と、子供達に武器を握らせ戦い方を教え込んだ。  同じトルヴェールで育った仲間でも、クレテスの兄ケヒトや、リタの従姉ラケら他数人の年上組は、あるいは大人について村の外へ出かけ、あるいは何か役目を負って村を出ていった。エステルと、歳の近いクレテス達だけが、武器を必要とする理由も知らされぬまま、時に剣を打ち合って稽古をし、時にこうして村の近くに出没する獣を狩って、腕が鈍らぬようにしているのである。 「とにかく、これを持って帰ろうよ。ジル婆さんあたりに任せれば、美味い鍋にしてくれるだろ」  沈みかけた空気を払拭するかのように、リタが明るい声をあげて、熊の頭を蹴った時。 「ああ、お前達! ここにいたのか!」  切羽詰まった声が四人の耳朶を叩いたので、揃って振り向けば、顔面蒼白になった村の男性が、時折よろめきながら駆けてくる姿が見えた。その左肩をおさえた手指の間から、赤いものが流れ落ちているのを見て、エステル達の表情もこわばる。 「早く逃げるんだ、帝国兵が……」  そこまで発したところで、男性は硬直して目をむき、その場に崩れ落ちる。背後から現れた者の姿を見て、エステル達は咄嗟にそれぞれの武器を手に身構えた。  三百年前に大陸を救った英雄であり、グランディア王国の祖である聖王ヨシュアが振るったという聖槍ロンギヌスに大蛇が絡みつく紋章が刻まれた銀の鎧。兜の下に隠れて顔は見えないが、体格から男とわかる。それが、四人。 「銀の髪、お前がエステルか」  先頭の一人が、村人を斬り捨てて赤に染まった抜き身の剣の切っ先をこちらに向けて宣う。髪色だけで名を言い当てられるとは。大人達が『顔を見られるな』と常々言ってきた意味の片鱗を思い知り、エステルの背中を、狩りで火照ったわけではない汗が伝った。  応えなかった事が答えと理解したのだろう。「エステルは生かして捕らえろ、他は殺せ!」先頭の男が後続に怒鳴って、四人の兵が動いた。
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