第1章:翠の瞳に決意が宿る(1)

4/5
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/94ページ
 自分が狙われている。それでも、エステルは冷静だった。 「ロッテは隙を見て彼を助けてください」  戦う術を持たない友に、倒れ伏している男性を視線で示し、そのままクレテスとリタに目配せする。友人達はそれだけで彼女の意図を察し、各々頷くと、地を蹴って散開した。  標的がばらばらになった事で、帝国兵達は一瞬戸惑ったが、まがりなりにも訓練された軍人。すぐさま各個撃破を狙って少年少女を追いかける。しかし、子供達も負けてはいなかった。 「ほらほら、追いついてみせろよ!」  リタは弓と箙を放り出し、白樺の木々の合間を跳ぶように駆ける。がしゃがしゃと鎧ずれの音が迫るのを聞き、彼女はにやりと口元を持ち上げると、たあん、と軽く跳躍。木の幹を蹴って突然方向転換し、兵の振るった剣が空振るのを笑ってやりすごしたかと思うと、跳ぶ勢いを殺さぬまま鋭い蹴りを敵の鳩尾に食らわせた。そして、呻いてうずくまる兵の背後に回って腕と肘でがっちりと首を抑え込み、骨の折れる音を立てる。彼女が真に得意にしている、格闘術を微塵も隠さない戦い方で、一人を仕留めた。  クレテスは二人の兵に追われていた。四人の中で唯一男である彼が、一番厄介な相手と思われたのであろう。評価してもらえた事は光栄だが、あまり嬉しくはない。それでも、数の不利など気にせずとばかりに少年は両手剣を構え直し、敵を待ち受ける。振り下ろされた剣を得物の腹で受け流し、続く一撃を身を引いてかわすと、そのまま足払い。足元をすくわれ、鎧の重さに引かれてたたらを踏む兵の喉笛を斬り裂く。ひゅおっと情けない呼吸音を最期にして、敵があおむけにのけぞる。そのまま、仲間がやられて怯むもう一人に向けて大きく踏み込み、鎧の隙間に刃を滑り込ませる。敵は、断末魔の悲鳴すらあげる事無く絶命した。 「ええい、どいつもこいつも役に立たない!」  同胞が子供相手におくれを取った事に、残る一人が唾をまき散らして毒づいた。 「こうなったら、エステルだけでも!」  半ば自棄になって、敵が剣を振りかざし走り込んでくる。しかしエステルは動揺する事無く、その動きを翠の瞳で観察していた。 『自分より相手の方が膂力に勝ると思う時は、下手に競り合いに持ち込まない事』  剣術の師匠でもある叔父アルフレッドの言葉が脳裏を横切る。 『攻撃が大振りの敵には、必ず隙があります。そこを狙うのです』  長剣を正眼に構えて、冷静に敵の動きを観察する。 (見つけた)  叔父どころか、友人達を相手にするよりも遙かにわかりやすい間隙を縫って、剣を突き出す。刃は吸い込まれるように敵の急所を貫く。肉を裂く重たい感触が、手に伝わった。 「こ、こんな、馬鹿な……」  剣を引き抜けば、信じられない、といった声色を血の塊と共に吐き、兵は前のめりに倒れて動かなくなった。帝国兵を相手取るのは初めてながら、ものの数分で、エステル達は敵を全滅に追い込んだのである。
/94ページ

最初のコメントを投稿しよう!