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「何だ、帝国兵っつっても、大した事無かったな」
手についた汚れをはたき落としながらリタが歩み寄ってくる。クレテスは倒れ伏した兵の兜を蹴って、反応が無い事を確かめている。
「大丈夫?」
ロッテの震える声に振り向けば、彼女が白樺の幹の陰からこわごわ顔を出していた。かつて、己の不手際で友人を一人失った彼女は、人の死に非常に敏感だ。今も、また仲間を失うかもしれない恐怖と必死に戦っていたのだろう。
「私達は大丈夫。それより」
「平気」
エステルの問いかけの途中で、意図を察したロッテはしっかりとうなずく。その背後から、帝国兵に斬られた男性が、まだふらつきながらも姿を現した。服に赤い血がにじんでいるが、新しく流れ出す様子は無い。ロッテの回復魔法がしっかりと効いたのだろう。
「まだまだ子供だと思っていたお前達に助けられるとはな」
男性は苦笑し、そしてすぐに表情を引き締める。
「だが、これで終わりじゃあないんだ。村に帝国兵がやってきた。エステルを探している」
その言葉に、リタとロッテがエステルを振り返り、クレテスも駆けてくる。
「村は皆で何とかする。お前達は、俺達がやり過ごすまで身を隠すんだ」
エステルはすぐには応えなかった。顎に手を当てて考え込み、出した答えは、
「いいえ」
と首を横に振る事であった。
「彼らの狙いは私なのですね。ならば、私が見つかるまで、彼らは諦める事が無いでしょう。帝国兵の残虐さは噂に聞いています。このままでは村を滅ぼしかねません。それなら」
翠の瞳に、凛とした決意が宿る。
「こちらから討って出て、指揮官の首を取ります」
男性が、ロッテが目をみはり、リタが口笛を吹いて、クレテスが「だよな」と歯を見せた。
「だ、だが」男性が困惑した様子で問いかける。「勝算はあるのか? 相手はここに来た連中の倍以上いるんだぞ。お前にもしもの事があったら、今村を離れているアルフレッドさんに、申し訳が立たない」
しかし、エステルの決意は変わらなかった。
「叔父様がいらしても、きっと、『戦え』とおっしゃると思います」
トルヴェール村の人々は、物心つく前から世話になった、大切な恩人だ。そんな彼らが、自分の名のもとに踏みにじられ、命を奪われるのを見過ごせる性格など、エステルは生憎持ち合わせていない。
「それに、策ならありますから」
そう自信ありげに告げて、彼女は、倒れ伏す帝国兵を見渡した。
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