時の瓦礫と一握の破片

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時の瓦礫と一握の破片

ルルさんの腕の中で静かに横たわるリリーさん。身体に残る幾重もの傷が心身の消費を物語る。安らかなその表情は何処か儚げで命が燃え尽きたようなニュアンスを含んでいる。 「安心しろ。安らかな顔して“ただ寝てる”だけだ。」 気の抜けた笑いと共にルルさんが呟く。 「奴らがいた所に虹色に光る円盤があるから取ってきてくれ。」 その言葉に従い敵が倒れた場所を探すとその身は解れ跡形もなく消えていて、代わりに“それ”が地面から数センチのところで浮いていた。手に取るとその光が一瞬だけ強く煌めき、また何事もなかったかのように落ち着く。それを手にして二人の元へ戻った。 「座ったままで悪いな。もう少し回復するまで待ってくれ。こんな形で何だが時の(Chrono)瓦礫(Debris)について説明しようと思ってな。 時の瓦礫は見ての通り俺たちが持つ特殊能力だ。正確には能力が入ったその円盤のことを言うんだがな。時の瓦礫やクロノデブリス、略して時の瓦礫(C:D)って呼んだりもする。いや、むしろ俺の周りはみんなこっちで呼ぶ人のほうが多いから…まぁ箱嵜が好きなので呼べばいいか。 時の瓦礫(C:D)保全戦闘(レコーディング)壊変者(エングレイバー)を倒すとそのトレイス体が変化して出来る円盤状の物体のことだ。その記録の性質に存在しない外から来た痕跡索(トレイサーズ)が、行き場を無くしてその形になるんだよ。 その時に記録を読み取って“そのエピソードに応じた”能力に変化する。例えば万有引力の発見だったら重力、太陽に関することだったら炎みたいな感じだな。だがそんなケースは稀で大抵はあまり関係無かったりするからまぁ見てからのお楽しみってところだな。 そしてこれを元に作られるのが俺たちを回復してくれてるあの女の子に使った一握(Debris)破片(Copy)。通称D:Cだ。これはC:Dを元にして作られた簡易的な能力で言ってみればそのまま“劣化コピー”って訳だ。 保全戦闘(レコーディング)にはあまり色んな痕跡索を持ち込めないって言っただろ?だから代わりに記録の中の住人…俺達はクロノディーパーって読んでるが、その人達を一時的に仲間にしてサポートしてもらうって訳。D:Cには戦闘データも蓄積されてるから指示せずとも自分で判断して勝手に戦ってくれるし、リーダーが操作してサポートすることも可能だ。戦うって言っても直接攻撃は出来ないようになってるから回復とかサポートがメインになるけどな。 こっからはマイナス面の話。C:Dは一度身体に取り込むと取り出せない…って訳じゃないが、取り出してしまうとD:Cに変化してしまうからはっきり言ってその一枚が無駄になる。 尤も戦闘スタイルに合わなくなったから取り出したいってことなら話は別だけどな。D:Cの方は取り出すと消えて無くなって終わりだ。それなのに九麓聡さんが回収しろって言ったのは、エピソード内に残したままにしておくと痕跡索(トレイサーズ)の情報が混在して記録修復がかなり面倒になるから可能な限り元に近い状態で正暦修正者(リーダー)達に引き渡さなきゃいけないって訳。 そして最後にいちばん大事なこと。それは容量の話だ。 トレイス体は痕跡索で構成されてるってのは何度も聞かされたよな?C:D自体にはそれほど痕跡索が含まれている訳ではないがC:Dを取り込んだ時点でその数は激増する。もしもその痕跡索達の量が箱嵜貉のトレイス体を構成している痕跡索達の量を超えたらどうなると思う?」 「…爆発…ですか?」 「フッ。爆発こそしないが、痕跡索が激しく混ざり合うことで記憶や記録、トレイス体のバランスが崩れて人の形を保てなくなる。まぁ広義的な意味での“死”という部分で言えば同じか。 性能が高い時の瓦礫(クロノデブリス)であればあるほどその容量も大きくなる。例えば広範囲を攻撃できる氷や炎の能力とか細かい操作を必要とする変身能力とかな。だから時の瓦礫を沢山取り込むにはそれだけ保全戦闘を重ねてトレイス体の密度を濃くしないといけないって訳だ。先は長いが始まったばかりだ、気楽に行けばいいさ。」 「うわっ!…もしかして私寝てた?」 気まずそうな顔と苦笑いを浮かべながらリリーさんが勢いよく起き上がる。ルルさんは慣れてる様子でそれをあしらうと小さな笑い声の和音が鳴る。 「ちょっとそんなに笑わないでよー!ねぇねぇ!なんの話ししてたの?」 「いや、リリーがスヤスヤと眠ってて静かなうちに時の瓦礫の説明をだな…で、話は大体理解できたか?」 「……はい!もう完璧ですね!」 「躊躇いの間がこんな分かりやすいことある?それにこの顔は理解してない顔だよ!多分ルル話してた話の一割も分かってないよ!」 僕の思考回路は完全に見透かされリリーさんは大きく笑い、ルルさんは苦笑いをしている。 「まぁ仕方ないか。そもそもこっちに来たのが今日の今日なのにリリーが勝手に保全戦闘に連れ出したせいでやる事全部すっ飛ばしてる訳だからな。 保全戦闘(レコーディング)とかの知識もトレイス体を作るときに取り込めれば楽なんだが痕跡索(トレイサーズ)が記憶してるのは現世の記憶だけだからなぁ…。まぁでも大丈夫だろ。寝てる間に痕跡索が勝手に反復記憶して今日言ったことも明日には全部理解出来てるはずだからな。」 痕跡索にはそんな性能が…。何気なしに胸に手を当ててみる。掌に痕跡索が蠢く…感触はしなかったが胸の鼓動だけは伝わってきた。そんな話をしている僕らに通信が入る。 『時の(Chrono )瓦礫(Debris)の解析が完了したわ。箱嵜君の痕跡索(トレイサーズ)密度は1600。|時の瓦礫の痕跡索密度は500。特に問題はなさそうね。』 二人に促されC:Dを胸に押し当てる。それは元々身体の一部だったかのようにすんなりと身体の内へ入る。虹色の光が喉と胸に詰まったかのような息苦しさから思わず咳込んだ。 「つかえる感じがあると思うけど直ぐに収まるからそれまでは我慢してくれ。 …やべっ。…六麓聡さん?聞くの忘れてたんですけど今回のC:Dの能力ってどんなやつなんですか?」 『曲名は【ワンダースクエアボックス】。効果は… “トレイスで構成された箱型の物体を12個刻みで作り出す能力”ね。』 「ワンダースクエア…ワンダース…ワンダース?これって所謂…当たり能力なんですか?」 辺りを静寂が包み街角に静かな夜が戻る。そんな夜に申し訳無さそうな流々川さんの声が届く。 「良かったじゃないか実に興味深い能力で!……な?だから言っただろ…大抵はこういうもんなんだよ。」 「ワンダースクエアボックス!いいじゃん!ボクシーちゃんにピッタリだよ!似合うか似合わないかで言ったら…めっちゃ似合うよ!私の分のD:C作ってもらえばよかったなー。」 「リリーにはいらないと思うけど…。」 「そうだ!何かあったときのためにリリー達のD:Cも渡しておくね!リリーのとルルのと…これがバンビちゃんの!今使わなくても困ったときに使ってね。」 温かい笑い声が私達を包む。その後間もなくして衛生班の正暦保全者が到着し二人の傷は一つ残らず消え去った。 『記録保護(リコーティング)が完了したわ。それじゃあ意識を離脱させるわね。』 「お疲れ箱嵜。一応先輩として何かあったらいつでも話してくれ。出来るだけのことはやれると思うしな。」 「そうだねー。そうだ!戻ったらボクシーちゃんの歓迎会しようよ。会長とか蜜蜂ちゃんも呼んでさ!」 「リリーは会長を何だと思ってるんだ…?」 僕達は三人欠けることなくバートンテイルへ意識を戻した。
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