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雨雲に閉ざされた街“アートアンベルト”
蝋燭が灯る一室に三つの人影が蠢く。跪きながら任務の完了報告をする二人と手を後ろに組み窓の外を見ながらそれを聞く一人。窓の向こう、その男の視線の先には混沌を煮詰めたような重い曇天が何処までも続いていた。窓に打ち付ける雨の音が静かな部屋に彩りをもたらす。
街を歩く人々の下には足元を隠すほどの白雲が深く立ち込め、先行く者たちの歩みに合わせて撓みながら緩やかに揺蕩う。
「ご苦労だったね二人共。この短期間で二つもの完全融合した游咏魚を手に入れるとは流石は君達。と言ったところかな。」
「過分のお褒めをいただきまして身にあまる光栄と存じます。壊変師団、そしてその元となる……様のためを思えば苦労といえるものではありません。」
鎧を纏っているかのような巨躯の男がそう呟く。その隣に座し、眼鏡をかけ引き締まった身体のラインを引き立てるように誂えられたスーツを着用した男が続けて声を上げる。
「折角褒められてるんですから素直に喜べばいいじゃないですかテテミガロさん。まぁ敵が大したことなかったのは事実ですけどね。」
「アンドルファー。またお前はそうやって緊張感の無いことを…」
「まぁまぁ、そんなに怒らないでくださいよ。そうだ!
……様に一つ質問があるのですが宜しいでしょうか?游咏魚に潜る前に壊編集者が今回始末した彼らのことを“マトリックスナンバー”と呼んでいた気がしましたがそれは本当なのでしょうか?あまりにも手応えが無く私の聞き間違えかとも思いましたが……様の先程の口振りからすると…。」
男からの問いに小さく笑い、視線を窓からその男へ向け答える。
「本当だよアリス。彼らは“マトリックスナンバー”だ。尤も君たちにとってはこれまでに首を刎ねた幾多の正暦保全者と変わらないみたいだけどね。勝てないと決まっているのに弱者なりに醜く藻掻いて見せたんだ。多少の敬意を見せてあげるのも強者としての優しさだよ。」
「そうですね。しかと心得ました。しかし次は“鞄の中身”を軽くしても良いかもしれません。隣の部署へ行くのにボストンバッグを持っていっては笑われてしまいますからね。」
二人の笑い声の和音が部屋に響く。
「ローグマテリア。アリス。君たちがこれ迄頑張ってくれた壊変が結果として実り始めている。本来の目的である赤い林檎もそうだが、青い林檎も徐々にその身を削り順調に腐ちている。地面に転がる日もそう遠くないだろう。この忌まわしい雨が止み、私達の歩みを妨げる足元の霧が晴れる日も近い。さぁ。バートンテイルを滅ぼす仕上げを始めよう。」
雷鳴が轟きその男の輪郭を強く照らし出す。蝋燭の火が弱々しく灯る陰鬱としたこの部屋に、雷光と二つの赤い眼光が煌めいた。
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