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痕跡索組換研究所
「ボクシーちゃんは研究所行くの初めてなんだっけ?すっごく楽しいんだから楽しみにしてなよー?」
「ヨノマリアさんが勝手にお茶会開いてるだけで本来楽しい場所では無いのでは?」
僕はリリーさんに誘われてルルさんと一緒にバートンテイルの研究所へ向かって歩いていた。初めての保全戦闘を終えてから五日ほど経ったが、会長からの計らいで蜂浦さんに付いて街の主要施設の説明を受けていたこともありバートンテイルの街を目的もなく気ままに散策するなんてことは出来ていなかった。
先を行くリリーさんが指すその建物。協会本部から少し離れた場所に立つそれは、周りの高層ビル群と比べて極端に背が低いがそれでも20mほどある。しかしそれを補うように横に伸びた外壁は1kmを超えるほど大きく聳えていた。
それじゃ入ろっか、その声に付き研究所へ入ると優しい声が僕等を迎える。
「嗚呼待ちわびたわ、愛しのクラウディア。」
「待たせてごめんね、可愛いマリアンヌ。」
何やら謎の寸劇を交わすと手を取り合い和気あいあいと話を弾ませている。
「調子どうですか?なんて聞かなくても元気そうで何よりです。」
「あら流々川ちゃんお久しぶり。あら…その子は…そうよね、今日は新しいお友達がいらっしゃってるのよね!」
マリアンヌともヨノマリアとも呼ばれたその人はルリアンズの二人から僕の方へと身体を向けると自己紹介を始めた。
「箱嵜ちゃん…よね?噂はリリーから聞いてるわ。
私はヨノマリア・ペリドパレード。この痕跡索組換研究所の所長代理よ。ヨノマリアちゃんでもマリアンヌちゃんでも箱嵜ちゃんのお好みの方で大丈夫よ。」
明るい黄緑色の髪は肩の辺りまで伸び内側へ巻かれている。背はリリーさんよりは劣るがそれでも180cm近くある。スラリと伸びた細い手足がリリーさんの筋繊維を感じる強い身体との対比を表し、保全戦闘は分野ではないことを教えてくれた。
「ボクシーちゃんのその目付き何かやらしいんだけどー?リリーのマリアンヌ狙う気ー?」
和やかな空気が流れる中、二十代前半くらいで艶のある黒髪を後ろで丸く纏めた女性が空気を割って入ってくる。
「マリアンヌ所長!“ウリ”サン見ませんでしたカ?ウリサンに協会に呼ばれて行ったけどいなくてサ。“クララ”サンにこっちじゃないかって言われてきたんですガ?」
「あら小鈴ちゃんこんにちは。前にも言ったけれど私はもう所長じゃなくて所長代理よ。そうねぇ、“秋瓜”さんは研究所には寄ってないと思うけれど…リリー達は見かけた?」
「うーん。ゴメンねリンリン。リリー達もウリちゃん先輩は見てないや。」
「そっカ。どうもありがとうございまス!見かけたら教えてネ!」
その女性はそう言うと胸の前で右手を左手で包み感謝を伝えて研究所の外へ駆けていった。
「あの…先程の女性は…」
「あら。箱嵜ちゃんは小鈴ちゃんに会ったこと無かったのね。彼女は王小鈴ちゃん。探してたのは彼女の正暦修復者をやっている秋瓜さんのようだったけれど…」
「ウリちゃん先輩さー。方向音痴なのか何なのか分かんないけどなーんかいっつもリンリンちゃんに探されてるよねー。バートンテイルの地図渡してあげたほうがいいんじゃない?」
「でも秋瓜さんってかなりの古株だろ?俺らからしたらだいぶ古株の九麓聡さんだって識別番号三桁なのに秋瓜さんは二桁だぞ?そんな昔からいて土地勘が無いっていうのはちょっと…」
「何それ?要するにルルはウリちゃん先輩が純粋なバカって言いたいわけ?ウリちゃん先輩出てきてくださーい!ルルが喧嘩売ってまーす!」
混乱をもたらすパンドラの箱を流々川さんが封じる。
「あのー…すいません。識別番号に管理目的以外の何か特別な意味があるんですか?」
「そうよね!新人さんだものそこからよね!私が教えて差し上げるから大丈夫よ。立ち話もあれですしラボに向かいながら説明するわね。」
そう言うとヨノマリアさんはフロントを抜け、両側に研究室が並ぶ通路を歩き始めた。それに続いて歩いていると通路を行き交う一人乗りの移動卵殻が目に入る。
「研究所は広いのに協会のように移動卵殻で移動しないのですか?」
「勿論移動卵殻で移動することもあるけどラボに籠もりっぱなしだと運動不足になりがちだから歩くのもたまにはいいかしらと思って最近は少しの距離なら歩くようにしてるの。」
「えーと…そうそう識別番号の話よね。正暦保全者には一人に一つの番号が割り当てられていることは箱嵜ちゃんもご存知の通りね。
先の質問の通りその番号は私達を管理する番号でもあるけれど、それと同時にいつ頃バートンテイルに来たかを表す数字でもあるのよ?識別番号自体1番から順々に並んでいる訳ではなくて小さい数から順にランダムに選ばれているから識別番号が100番だからといってバートンテイルに来た100人目のお客様、という訳ではないのが少しややこしいところね。
それに壊変者に敗れてしまって正暦保全者さん達が消えてしまった時もその空いた識別番号が後から来た人に当てられることも極稀にあるから注意が必要よ。でも識別番号が自分よりも少ない人が先輩だと思っていてほぼ間違いはないわ。
ちなみに私が知っている中で識別番号が小さい人というと、会長の所の蜂浦ちゃんが8、秋瓜さんが94、倉木さんが99、伊伏さんが124、九麓聡ちゃんが965といった面々かしら。番号が若い方は壊変者との度重なる戦いで命を落としてしまってもう殆ど残っていないの。悲しいけれどこればかりは避けようのないことね。」
両側に立ち並ぶガラス張りの実験室。ヨノマリアさんに気づくと皆一様に手を振りヨノマリアさんもそれに笑顔で応える。
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