水と油の化学反応式

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水と油の化学反応式

そうこうしている間に研究所へと着く。戸棚に収められた器具はどれも正面を向き綺麗に整列していた。 「箱嵜ちゃんはお客様なんだから座ってていいわ。」 ヨノマリアさんとリリーさんは慣れたように紅茶とお菓子を用意していく。流々川さんは乗り気ではなかったが“参加したからには…”と言い残し二人に使われて準備に加わっていた。 「ヨノマリア“所長代理”。外部の人間を招いて興味深い実験をしているようですね。茶葉の構造でも痕跡索(トレイサーズ)に組み込むつもりですか?」 「ヨノマリア先輩!キララの事も誘ってくださいよー!」 背後から聞こえる二つの声。そちらを向くと異形の姿をしたヨノマリアさんと同じほどの背丈の男性と六麓聡さんより少しだけ歳を重ねた可愛らしい女の子がヨノマリアさんへと視線を送っていた。僕達が着ている白い隊服とは違って背中にバートンテイルの紋章が入った白衣を纏っている。 お茶会の準備を終えたヨノマリアさんとルルさんが背の大きい男性に向かって声を返す。 「あら、トトちゃんにキララちゃんまで。お二人も紅茶のいい香りに釣られて来たのかしら?」 「これはこれはトト“所長”。お忙しいところわざわざ来ていただき光栄です。」 「あんなぁ留。お前もお前だぞ。リリーに唆されて悪魔の集会にしれっと参加してんじゃねぇよ。」 「トト!テメェウチの愛しのヨノマリア先輩のことを悪魔とか言ってんじゃねぇぞ!!」 「不破。テメェこそ先輩の俺のことを呼び捨てにしてんじゃねぇ。」 「がぁがわのへるごと(テメェがウチの言う事)わがねっでぐだめぐ(分かんないって騒ぐ)すけ、わも(から私も)かだってらんねぇ(相手してらんねェ)じゃってこって(ってなって、)いっとごま(ちょっとだけ)ヨノマリア(ヨノマリア)さんどごさ休みに(先輩のところにお茶会)来たんだべな(しに来たんじゃん)!」 啀み合う二人を見て今日一番の笑顔の華を研究所に咲かせるヨノマリア所長代理。 「ウフフ、本格的に始まっちゃったわねー。さっ、みんなこれ付けて!」 トト所長と口撃をぶつけ合うキララさん。その二人を除く皆に配られた小さな機械。それぞれ慣れたように耳に付けていく。僕もそれに習って同じように取り付けた。 「まんずその(つーか、その)でらでらどした(意味分かんねェ)あだまっこ(髪型は)なんなんずや(何なんだよ)どごのだれさ(何処でどう)わのじゃんぼ刈っでけってへったら(頼んだら)そっだら(そんな)こどになるんずや(髪型になるんだよ)めっとがら(METガラ)がらけぇる(帰りの)どごのどごらのおやぎがして(どこぞのセレブか)がぁが自分で(自分でやったん)刈ったんだ(だとしたら)ばただでなぐ(センスが独り歩き)はんかくせぇいえ?(し過ぎて可哀想まである)(あ、)ん。だすけ(だから)けやぐぁ流々川(流々川)さんひとりこ(先輩しか)だげしかいねおんな。(友達いないのか。)よぐわがた(納得納得)じゃ。 ぎらぎらどした(華美な髪型や服飾)かっごははだらぐのさ(研究にそぐわないの)そぐわねって(名目で研究所の)こごの決まりさ黒以外(規則に黒髪以外禁止)わがねって(の項目)増やして(増やして)やるすけな(やろうか?)。 そう思いますよね、ヨノマリア先輩♡」 「フフフっ、そうねぇー。」 ヨノマリアさんは優しく相槌を打ちながらその一方的なやり取りを笑顔で眺めている。 キララさんの口から飛び出した言葉達は強い方言を纏って宙を舞う。理解出来るはずもない耳慣れない言葉達は先程付けたものによって翻訳されてするりと耳へ入ってきた。 彼女の思いの丈…というか悪口を唯一理解出来ていないトト所長が眉間に皺を寄せながらヨノマリアさんに助けを求める。 「だーかーらー!俺にもその翻訳機貸してくださいよ!」 「トト所長。会話というのは心の交わり。上に立つものとしてそれは重要な事。心で繋がればその言葉は理解出来るはずよ。」 「だから貸してくださいって言ってますよね?俺は意思疎通図る気満々何スけど?ここは言語通じてますよね?痕跡索(トレイサーズ)の通信障害起きてます?だいたい世界中全ての言語が登録され自動理解出来るトレイス体のはずなのに、何で不破(こいつ)の言語は登録されてねェんだよ!」 キララさんの言葉が方言だとすら理解していない眉の皺を深めていくトト所長が次第に可哀想になり翻訳機を渡してあげませんか、とヨノマリアさんに提案してみる。 「うーん…そうねぇ……。  嫌よ。だってこっちの方が面白いでしょ?」 恐らく偽りの悩む素振りを見せ、柔和な声で修羅の選択肢を突き付けたヨノマリアさんがこの研究所の実質的な支配者であることを本能が理解する。僕は深く深呼吸して口のチャックを閉めた。 キララさんと会話をするのを諦めたトトさんは今度はルルさんと話している。冗談を言い合い笑い合う姿から察するに二人ははどうやら親密な仲のようだ。 トト所長は表面だけなのか中身までそうなのかは窺い知ることは出来ないが、全身が機械的な構造をしており表情や動きなどその表層の質感以外は人の形をしていた。髪の代わりに内視鏡カメラのような先端にレンズが付いた紐状の機械が所狭しと生えていて絶えずうねうねと波打っている。 「キララもリリー先輩や流々川先輩と一緒にお茶会したいなぁ?駄目?」 「いいじゃんいいじゃん!人数多いほうが楽しいしキラリンも一緒にやろうよ!そうだ。どうせならラブリン所長も一緒にどう?ね、ルルもいいでしょ?」 「別に俺はどっちでもいいよ。どうする“ラブリン所長”?」 ルルさんがまた悪戯な笑顔を見せてトト所長をからかう。軽く睨みつけるも、このようなやり取りに慣れているのか怒ることはなく冷静に言葉を返す。 「駄目に決まってんだろ。不破が抜け出したから連れ戻しに来ただけだ。オラ、帰るぞ不破。お前まで悪魔の集会の会員になろうとしてんなよ。」 小さい身体をばたつかせそれを拒む少女。掴まれた手を振り解くとそれまでの甘ったるい声を翻しトト所長へと口撃を乱れ撃った。
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