仮想保全戦闘

1/1
前へ
/50ページ
次へ

仮想保全戦闘

お茶会が始まって一時間が経とうとしていた。ケーキスタンドに飾られたお菓子たちも残り僅かとなり、甘い香りと共にお茶会の終わりを匂わせる。その香りは同時にある戦いの開幕の合図でもあった。 「美味しかったねー。それじゃあお待たせしました!ボクシーちゃんの出番だよ!」 「こちらはいつでも大丈夫よ。箱嵜ちゃんは準備はよろしくて?心の準備が出来たならそこの移動卵殻(ヘッドシェル)へ入ってちょうだいね。」 深呼吸し僅かばかりの緊張を胸に仕舞って人ひとりが丁度入る黒い移動卵殻へと入る。瞼を強く閉じ再び開くと無機質な何もない広大な部屋へと転送されていた。 蜂浦さんから話は聞いてたけどここが仮想保全戦闘(オフレコーディング)室か。研究所に併設された正暦保全者(レコーダー)のためのトレーニングルームで痕跡生物(ケラートデイト)や武器等の実用耐久試験や痕跡索(トレイサーズ)によって作り出された仮想敵との戦闘訓練を行うことが出来る場所。僕が今日研究所へ来た目的のもう一つがその戦闘訓練を受ける為だった。 あの後ルルさんに聞いた話ではヨノマリアさんも以前は正暦保全者(レコーダー)として活躍していて保全戦闘(レコーディング)ランク(チャート)で五位に上り詰めたほどの実力を持っていたらしい。ルルさんの代から実力の高い人間が多く発現したこともありその座も長くは続かなかったようだけど…。 見上げる先のモニターに保全戦闘ランクが表示される。上から順に倉木(くらき)乱雪(らんせつ)パラヘイル(Palahaile)ファッジダウン(Faggidown)伊伏暗生(いぶしあんじょう)、流々川留、リリー・クラウスト。今このバートンテイルで保全戦闘を行う全ての正暦保全者のトップに立つ五人だ。 『さすがのリリーも最上位保全戦闘者(マトリクスナンバー)入りは緊張するー…。』 『言っても俺らは実力で勝ち上がったわけじゃなくて先の戦闘で先輩達が消滅したから繰り上がっただけだしな…。』 それでも尚トップクラスにいることには代わりのない二人に対して尊敬の思いが募る。モニターが研究室内の映像に切り替わる。 『それじゃあ仮想保全戦闘(オフレコーディング)を始めるわね。でもその前に基本的なことから教えなきゃね。』 目の前に現れる一体の人形。二本の足で立つそれはイヌにもタヌキにも見える生き物のようだった。子供が描いた絵をそのまま立体化したような…。頭の上には二角帽子が乗っている。歪な笑顔が僕を煽っているようにも感じられた。 『フフフ!その子はリリーとマリアンヌのコラボ作品。名付けて“リリアンヌ十三世”!与えられた任務は君の熱い想いを受け止めること!愛の伝道師なのさ!』 『良いふうに言うなただの的だろ。箱嵜そいつに向かって時の瓦礫(クロノデブリス)を使ってみろ。』 「そんないきなり使ってみろなんて言われても…。何かコツみたいなのってありますか?」 『具現化系の能力のコツか…。トレイスで作ったボールを発現させたい場所に向かって投げるイメージかな? ボールの大きさが作り出したいものの大きさや強度、投げる位置が発現させたい場所、ボールにかける回転が形とかその他の細かい設定みたいな感じかな。 目の前に1メートルくらいの球体を作りたいってんなら簡単だけど、5メートル先の一点に星型の物体を作りたいってなるとその分ボールを投げる精度が重要になってくる。こればっかりは何度も繰り返し練習するしか無いな。』 ボールを投げるイメージか。ボックスの大きさはとりあえず1メートルくらいで、目標(リリアンヌ)との距離は大体3メートル。あとはそのまま奥に押し出すイメージで…。私の思いに反応したワンダースクエアボックスが発動し目の前に12個のボックスが発現するが、大きさはまちまちで不格好極まりなかった。 「押し出すイメージ…。」 ゆっくりじっくり押し出すそのイメージを乗せたトレイスをボックスに送ると僕の思いとは反してリリアンヌ十三世目掛けて勢いよく弾け飛ぶ。だが今度はその勢いに反してコツンと当たって地面に転がった。リリアンヌ十三世がゆらゆらと揺れている。滅茶苦茶重いのかとも思って触ってみるが特別そういう感じでもなさそうだ。 縋りつくようにモニターを見つめるとルルさんが笑いながら話しだした。 『ハハッ、イメージと違ったか?時の瓦礫(クロノデブリス)…勿論一握の破片(デブリスコピー)もだが、それらを使うってことは使用者の魂との共鳴を起こすってことだ。その曲名を呼んで心を繋げることで初めて本来の力を引き出すことが出来る。今みたいに呼ばなくても使えるには使えるが本来の力の十分の一程度しか威力はない。不意討ち程度には使えるかもしれないけどな。』 トレイス体に記憶されたこの前の戦闘を振り返る。確かに敵も含めて能力を発動するときには曲名を呼んでいた。でも…。 「ルルさんの“判撃(ハンゲキ)”は赤い装甲も込みの能力なんですよね?でも最後の方になって呼んでませんでしたっけ?それにタコ足君の方は最後まで曲名呼んでないのにあれだけ強かったのは一体…。」 『あぁそれは…おい!』 爪が甘くいつもの通りリリーさんに回答権を奪われるルルさんの情けない声が向こうで響いている。
/50ページ

最初のコメントを投稿しよう!

3人が本棚に入れています
本棚に追加