3人が本棚に入れています
本棚に追加
二つのR
白い隊服のような衣装を纏った人達が往来するそこは建物の入口だと思うが、扉などは無く代わりに薄い膜のようなものがかかっている。会長と蜂浦さんに続いてそこを抜けると顔に張り付く妙な嫌悪感を抱いたがそれは直ぐに消えた。
その先の大きなフロントを歩いていると後ろから声をかけられる。
「あれー?会長と蜜蜂くんじゃーん!その子新入りですか?」
「リリー。もうすぐ“レコーディング”なんだから目に入った知り合いに無駄に絡むのはやめてくれ…。」
振り向くとどちらも180cm以上はありそうな筋肉質な二人組がこちらに向けて歩みを進めていた。
リリーと呼ばれた人は短髪でスモーキーピンクの髪色をした外国人の女性だった。その明るい髪色と性格が瑠璃色の瞳を実際の色以上に輝かせる。
隣に立つ男性は更に大きく、190以上あっても不思議ではない。その威圧的な風貌とは異なり、自信なさげでどこか疲労しているようにも見て取れた。
「これは…ルリアンズのお二人…。お疲れさまです。」
「クラウストくん。流々川くん。お疲れ様。その様子だとこれから“レコーディング”かな?」
聞き慣れない単語が飛び交う会話を四人の側で聞いていると、リリーと呼ばれた女性が再度僕を見ながら会長に質問する。
「この子“レコーディング”まだだよね?リリー達これから入るから良ければ一緒にどうですかー?」
その声を聞き勢いよく顔を左右に振り青褪めていく体格の良い男の人。二人を交互に見た後に会長が口を開く。
「そうだね。いずれ教えようと思っていたことだ。それに君達二人なら安心だしね。」
その人は肩を落としてその大きな体を縮めていた。
「そうと決まれば先を急ぎましょー!」
「いや、なんかその順番とか…」
僕の声が聞こえているのかいないのかは分からないが、その明るい声と手に僕は背を押され、流々川さんは手を引かれてフロントの奥へと進んでいった。
そんな僕を呼び止める会長の声。
「箱嵜くん。最後に一つだけ。正暦保全者の役目は歴史を護ることだ変えることじゃない。記録の中で目の前で最愛の人が死んだとしてもそれを救って先の未来を変えてはいけない。もちろんその強さを持ち合わせているからこそここに来れたということはよく理解しているさ。
だけど万が一。間違いを犯したときは君を壊変者として追跡して澱みに沈める。どうかこのことを心に刻んでおいてほしい。」
それでは、と付け加えると会長と蜂浦さんは僕達に背を向けて去っていった。
心にへばりついた澱みを払うようにリリーさんが口を開く。
「ところでさー君の名前は?」
「わ、私は…箱嵜。箱嵜貉です。そ、素体名は天草四郎で…」
緊張からか変に声が上ずる。最悪の出だしだ…。
何かを確認するかのように辺りを見回したあとに流々川さんが話す。
「おいおいどうした?女子相手に緊張してんのか?さては素体のときモテなかったんだろ?」
僕の背中を叩きながらからかう。弁解しようととあたふたする僕のつま先から頭の上まで舐めるようにじっくりと見たリリーさんは、少しの沈黙の後満面の笑みで親指を立てていた。
(誰にも言わないよ!)
声に出さずにそう呟きウインクと共に見えない言葉を発していた。本当に最悪のスタートを切った…。
「それで!えっと…はこざきだから…ボクシーちゃんね!
私はリリー・クラウストで、こっちの大きいのが流々川留。愛称はルル!まぁ私しか呼んでないけど…。愛称は浸透してなくても相性は知れ渡ってるからプラマイゼロね!──なんて話してる間に着きました!ほら、ここがセンターホール。リリー達の職場だよ。」
『ターニングポイント1855.06.22、識別番号99。レコーディング開始。』
『正暦保全者一名ロスト!近縁性質者の応援お願いします!』
『レコーディング完了。リコーティング作業に入ります。』
『壊変者による記録遮蔽膜接触確認。ターニングポイントは──』
無数の声が重なり合う空間。
通されたそこはまるで水族館のようだった。
向こうの壁一面にはめ込まれた真四角の水槽。その中に一匹の魚がゆらりと泳いでいる。その殆どは埋まっていたが、ところどころ空の水槽があったり、水が青く変色している水槽もあった。遥か上の方に目をやると大多数を占める下の水槽とは違い、いくつかの水槽が一体化しここからでもはっきりとその姿を捉えることができるほどの下層の水槽に閉じ込められた魚の何倍もの巨大な魚が悠々と泳いでいた。
──っ!
視線を落とした先にある水槽に入った魚が泡となって消える。
水槽と対するこちら側には水槽側からひな壇状にデスクと椅子が無数に並び何処かと通信している。その椅子はオペレーターのような人がその殆どを埋めている。
最初のコメントを投稿しよう!