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Into the DOPE
「移動卵殻での話を思い出してたんですけど、壊変者達の体も痕跡索で出来たトレイス体なんですよね?彼らが記録を変えないギリギリまで人を詰め込んじゃえば僕達が入った瞬間に記録の許容量を越えちゃうから成す術が無いような…。」
ルルさんに質問したつもりだったけどリリーさんが手を上げて割って入る。
「それはねー!えーっと…何だっけ…やっぱルル答えていーよ!」
「リリーには二十回以上教えたはずだが…いいか二人共。いや、特にリリー!ちゃんと聞いておけよ?
ここに入るときに見た游咏魚は全部で三匹いるんだ。つまり記録と入口は三つ存在する。その記録に至るまでの過去、そしてその時、そしてその決断によって変化した未来、この三つを表しているらしい。
だがその入口は大きさは微々たる違いだが三者三様で異なっているんだよ。っていうのもその記録に込められた全てのトレイス量が三つに分割されてそれぞれの入口に入場制限をかけていて、進入した物体のトレイス量が上限値を超えると後から入ったものは弾き返されてしまう。
もちろん中に入ったものが出るか消滅すると入ることは可能だ。だから俺達と敵、特別どちらが有利になることも不利になることもない。だがそうじゃなくなる場合がいくつかある。
っとその前に游咏魚の生態について軽く説明するぞ。游咏魚っていうのはバートンテイルに不定期に出現しては数十分で姿を消してしまうんだがいつどこに現れるかは未だに全く分かっていない。恐らく壊変者達の世界でも同じだろうな。それを捕らえ游咏魚の水槽に入れることでバートンテイルに留めて置けるって訳だ。それでここからが本題だ。
記録に対して同時に異なる入口から侵入した時。仮に壊変者側をA、俺らをBとする。Aを全て倒すか撤退させて一定時間経つと、侵入するときに開けた膜が塞がって入口Aは入口Bと融合して間口が広くなった入口B+が出来上がる。これが有利のラインが変わる一つ目の事例。
もうひとつは滅多に無いことだが、游咏魚は稀に同じ記録を宿したものが再度現れることがある。その游咏魚同士を二匹近づけると融合・巨大化してそれと同時に入口の大きさ…つまり侵入トレイス量制限の上限も上がる。これが二つ目。
…つまりこうなるとどうなるということですかリリー先生?」
「リリー達は二つの入口から入れるのに、向こうは一つの入口からしか入れないから一対ニとか、ニ対四とか有利に戦える!」
リリーさんは両腕でガッツポーズを決めながらキメ顔と共に僕に視線を向けていた。
「この話を初めて聞く新人相手に中堅のリリーがする言動では無いけど、とりあえず合ってるから良しとするか…。
とにかく!三匹の游咏魚を壊変師団に全て取られた時点で歴史が完全に壊変されるってことだ。だが二匹取られた時点でその記録は壊変されると言っても過言じゃない。さっき言ったようにニ対一の構図になることや不確定な游咏魚の出現を待つことになるからな。だから一度だって負けるわけにはいかないんだよ。」
「うーん…。敵に游咏魚を二つ奪われてニ対一になるときって、向こうはもう要保護記録者の位置が分かってるんですよね?いくら記憶への侵入を感知してから向かうとしても保護に間に合いますか?」
「それは…」
明らかに答えようとしていたルルさんに割って入ってリリーさんが口を開く。
「もールルったらリリーがいないとダメなんだから!記録遮蔽膜っていうのはエピソードを守ってるだけじゃなくて守ってるんだよ。…あれ?うーんと…。とにかく!記録遮蔽膜を破るとその記憶を構成してる痕跡索が外から来た自分たちとは違う痕跡索をやっつけようとして攻撃するのさ!そのせいで暫く殆ど動けなくなっちゃうの!
游咏魚の中に入るにしても落とされる位置はランダムだから侵入してすぐに要保護記録者を攻撃するなんてことは出来ないようになってるんだよ!
それに決められた正暦分岐点の時間丁度に合わせて要保護記録者を倒さなきゃ壊変出来ないからあまり早く来ても駄目だし、ギリギリでも駄目だからそこはそんなに心配しなくてもいいかなー。でもエピソードの記録は分岐点を基準に前後一時間くらいを延々とループしてるからそこを凌げても結局敵をやっつけないといけないってわけさ。あ!今のは壊変者目線の話ね!
でも戦闘になっちゃったらニ対一で圧倒的に不利なのは変わらないんだけどね…。」
そのような話をいくつか重ねている間に目的地へと着く。
目的地は通りには面しているが、通りの側は高い塀があるのみで入り口らしきものは見受けられない。どうやらその場所の出入り口は大通りから一本入った一方通行の細い道に面してあるみたいだ。
これまではつらつとしていたリリーさんもその明るい声と気配を常闇に潜めて歩みを進める。左手に現れた入口からその中を覗くと30mほど奥にある倉庫とその中へ入っていく人影が目に入る。戸の隙間から微かな光が外へ漏れ出していた。
──っ!
ルルさんに勢いよく手を引かれてさっきまで見ていた敷地の中へと引っ張られる。
「お仕事ご苦労さま。会いたかったぜ愛しの正暦保全者サンよ。」
「バルド一撃で仕留めろと言っただろ。」
「おいおいサルド。そんなつまんねぇこと言うなよな。俺は壊変も好きだがそれ以上に正暦保全者を壊すのが好きなんだからよ。」
闇夜に増える声。さっきまでの僕達がいた場所は大きく地面が抉られて陥没していた。時折点滅する街灯がその声の主をを照らし出す。
ルルさんやリリーさんに引けを取らないほどの体格をしたアフリカ系の男性二人組。僕達を攻撃してきた“バルド”と呼ばれた男の背中からは、黒と黄色の蛸の足のような触手が伸びている。それと似たような編み込んだ髪を頭の上で束ねている。
その隣に立つ金髪で坊主の男が眼鏡を押し上げる。落ち着いた声色で話す“サルド”と呼ばれたその男は独り言…いや、恐らく向こうのオペレーターと話をしている。
『彼らが今回の壊変者。
イニサルド・ドープとバルドゥーヤ・ドープよ。
バルドゥーヤの方は攻撃力の高い触手を生やす時の瓦礫持ち。イニサルドの方は解析不充分で時の瓦礫の有無は不明。油断は禁物よ。』
「よーし、ルル!引き締めていこうか!」
「リリー、俺の台詞取るな。」
「樂奏演戯【今日は曇り空】」
「樂奏演戯【身を任せて】」
その声に応えるようにリリーさんの頭上に小さな雨雲が現れる。
触手を生やした男がこちらを待たずに距離を詰め、リリーさん目掛けてその八本の腕を叩きつける。先程以上に大きく抉られた地面。しかしそこにリリーさんの姿は既に無く、その直上数メートルのところに彼女はいた。宙に浮いたまま攻撃してきた触手男を見下す。
「私タコ苦手なんだよね。ルルー、お願いー。」
「分かってる。」
その男が地面から浮き再度距離を詰めようとする。いや、焦っている様子を見ると自分の意志ではない?腕を広げているリリーさんの両の手に風切り音が集まっていく。それを相手へ向けると、次の瞬間敵は元いた出入り口まで吹き飛ばされていた。
『要保護記録者の解析が完了したわ。情報は送信済みよ。壊変者の排除と共に要保護記録者の保護も対応してちょうだい。
「箱嵜。時の瓦礫について教えるつもりだったけどまた今度な。こいつらは俺らで対応する。視界に赤い人型のマーキングが見えるだろ?箱嵜はその子を安全な場所へ隠してくれ。」
ルルさんがそう言うと僕の身体は見えない何かに運ばれるかのように二人から離れていく。
ボクシーちゃんしっかりやるんだよー、その言葉に応えるようにその場を後にした。
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