3人が本棚に入れています
本棚に追加
保全記録“流々川留”
「だから言っただろ。一撃で仕留めろと。」
「あー、分かったから黙ってくれサルド。このバルドゥーヤ様が悪かったよ。」
「おいお前、女のくせに中々やるじゃん。そのデカい身体は見掛け倒しって訳じゃねぇみてぇだな。キレてねーけど殺すわ。殺す予定だったけど跡形もなく殺すわ。」
その触腕を使いながら身体を起すバルドゥーヤ。殺意を込めてリリーに放ったその腕はリリーに届くことなく、横へと逸れ俺の手に付けられた赤い装具が受け止める。
「勘違いすんなー。お前の相手は俺だよタコ助。」
「言われなくてもお前も殺すつもりだったわデカブツ。」
静かな夜の空気を激しく震わす撃ち合いの隣でもう一つの戦闘が始まっていた。タコ助を吹き飛ばした両手に浮かぶ風刃が残りの一人を容赦無く襲う。
「樂奏演戯【獣人十色】」
敵は能力を発動させると土煙に浮かぶ敵影が二つ、三つと割れ、最後には五つとなってリリーを狙っていた。狼男のような外見へと変化し、全ての指先から長く鋭利な鉤爪が生えている。
この戦場へ響く乾いた一つの音。それに答えるかのようにリリーが口を開く。
「なるほどねー。今現れたフリして“D:C”はもう使ってたってことか。」
じわりと血が広がっていく左腕をだらんと垂らしてそう呟く。何者かから攻撃を受けたその肩から指の先へ向かって白い隊服がその色へと染められていく。加勢に入ろうとするが怒涛の勢いで放たれる触腕の連撃がそれを妨げる。
肩を撃ち抜いた音の発信元を目で辿ると少女が一人、狙撃銃を構えてコンテナの後ろに身を潜めていた。その照準は間違いなくリリーに向けられている。
漸く外の異変に気づいたのか、倉庫内に集まっていた少女達が外へ出てくる。目の前で行われている命の奪い合いに皆一様に逃げ出す。
「ごめんねー。一人借りるよ。」
その手から放られた手のひら程の大きさの円盤。それは少女の背に当たると吸い込まれるように消えた。
「樂奏演戯【合法治験薬】」
逃げようと先程まで戦場に背を向けていた少女は踵を返しその手をリリーへ向けて呟く。
「リリー・クラスウト捕捉。治療完了まで20秒…。」
「取りあえずはこれで良しと。ヒナちゃん!あの子の対象をルルにも広げといて!」
『貴女がD:Cを放った時点で始めてたわ。』
回復係はこれで確保済みか。目の前の敵へ注意を戻し差し迫る触腕の隙間を縫ってバルドの本体へ一撃を放つと、敵は鈍い呻き声を漏らして動きを止めその場に蹲った。再びリリーを気に掛ける。
「分身能力かぁー。その自慢の鉤爪が届かないのを悟って対極の位置からの遠距離狙撃。やりづらいなー。」
「正暦保全者は気楽でいいな。これから死ぬのに悠長に考え事とはな。」
イニサルドは冷笑を浮かべそれぞれの方向へ五つに増やした影を散らす。
「インテリヤクザっぽいのに随分攻撃的な物言いじゃん。やれるもんならやってみな…よっ!」
両の手から放たれた風の刃がその影を追って冷えた夜中の空気を切り裂いた。
再び立ち上がって攻撃を仕掛けてきたバルドを能力で適当にいなす。
「あー、めんどくせぇな。方向操作系の能力か?」
敵を近付け、一撃を入れ、距離を離す。迫る八本の腕の隙間を縫うように躱しながら確実に攻撃を当てていく。拳を当てた部分に赤い丸の印が浮き上がっている。
再度決まる渾身の一撃に顔を歪ませるバルドゥーヤ。
「そんな成りして腕が二本しか生えてないただの人間相手に一発も拳を入れられない気分はどうだ?」
離される前になんとか一撃を返そうと腕を伸ばすが、それよりも先に俺の“身を任せて”が発動する。
──っ!
俺を中心に響き渡る轟音。吹き飛ばされていたのは俺の方だった。バルドゥーヤは地にニ本の足とニ本の触腕をしっかりと付け、残り六本の腕を振り切った姿で止まっていた。
「あぁ気持ちいいぜ。正暦保全者の骨が砕ける振動がこの八本の腕に伝わる感触はよォ。」
倉庫の扉に叩きつけられた俺の身体が無様に地面へと叩きつけられる。仰向けに落ち、そのまま見上げた先に映った扉は大きく窪んでいてその衝撃の強さを語る。何とか起き上がりながら吐き出した大きな血溜まりに月光の白い光が揺らめく。ん、何か小さな影が視界に入ったような気がしたが気のせいか?
「この暗闇と特異な腕で注意が散漫になって見えなかったろ?俺のC:D“失恋男”は粘着性の黒い液体を出す能力だ。俺を引き寄せるたびにお前の周りに撒いたそれを足掛かりにして弱いお前に不釣り合いなその能力を防いだって訳だ。丁度いい。サルドの方も終わりみてぇだな。」
最初のコメントを投稿しよう!