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ハンゲキ
身体を起こしリリーの方へ目を向ける。敵影は先程よりも更に増え、十と成った獣人の影がリリーを覆っていた。リリーは柔術の実力で言えば正暦保全者の中でも一二を争う。敵の鉤爪を既のところで躱すが、流れるように繰り出された“二匹”からの廻し蹴りによって俺の近くまで弾き飛ばされた。飛ばされる僅かな瞬間を逃すことなく銃弾がその身を貫き追い討ちをかける。
「さっきの男も正暦保全者だな?バルド、こいつらを片付けたら次は奴だ。面倒なのは残らず排除するぞ。」
差し迫る危機。しっかりと大地に立つ敵に対して俺らは地面に倒れ込み肩で息を吸っている状況。後ろからの足音に目を向けると箱嵜が少女を匿い戻ってきた。“私が何とかしなければ”とでも言い出しそうな顔をしてやがる。倉庫の影から姿を現し震える足を上手に操って、絞り出された勇気が人の形となってこちらに近付いてくる。
「ボクシーちゃんに情けないとこ見せちゃったなぁ。……ねぇ、ヒナちゃん。フォークドッグ使ってる?」
『ええ。最初から。』
「そっか…ありがと。……ルル。そろそろこいつら弾こうか。」
「その言葉を死ぬほど待ってたよ。」
箱嵜が進むのを阻むように同時に立ち上がる。D:Cによる疑似保全者の力で回復したとはいえ、リリーと俺それぞれ右腕と左腕を垂れ下げたその姿は傍から見れば最早立っているのがやっとって感じだな。月明かりがそんな俺らを励ますようにその身体を明るく照らす。
「おいおい、サンドバッグは自分の役割をよく分かってんなァ!」
八本の触腕が更に増え、死に淵に咲く命を摘み取ろうとその腕を伸ばす。それに合わせるように十の影が散りその爪を振りかざした。
「樂奏演戯【判撃】」
「樂奏演戯【リプレイヤー】」
敵の攻撃が空を切る。そこにいるはずだった俺達は敵を挟み込むように立っていた。
「あ?またテメェの移動能力かよ。何がしてぇんだ、黙って殴られろよ。」
「分かった分かった。動かないからそのご自慢の腕で俺を沈めてみろよ。」
タコ助の左側に現れた俺に対して向きを変え再度触腕を振るう。だが振りかぶる直前、先の戦闘で攻撃を当てた部分に付けられた赤丸の印が強い光を放つ。
「悪い。先にやられた分返しとくわ。」
不遜な笑みを届けると腕に付いたその印から先が弾け飛び、あれほどあった腕の殆どが消散していた。動揺して動きが鈍ったバルドゥーヤに追い討ちをかけるように拳を撃ち込んでいく。
「クソっ、一体どうなってる…!?」
相対するバルドゥーヤの後ろから響くイニサルドの狼狽える声。
先程まで圧倒的だった戦局は一転し、攻撃が全く当たらなくなったリリーに何とか食い付こうとする敵の姿が映る。鉤爪と蹴りを躱す様子は見てから反応しているというよりも、“予めそこに攻撃が来ると分かっている”ような立ち回りだった。
ゆらりゆらりとその攻撃を躱しながら、掌の風刃によってひとつずつ確実にその影を消していく。背後から飛んでくる銃弾さえ振り返ることもせずに易易と躱す。
リリーの上の雨雲が黒く濁り、フラッシュを焚くように眩い光を放ち出す。
「ルル、いくよ。“刹那の電令”」
リリーの掌からこちらに向かって駆け抜ける閃光。一筋、というよりも一本のという表現が似合うその太い雷撃は、けたたましい音を置き去りにして宙を走った。
敵二人がリリーの射線上に重なったその時を狙って放たれた雷撃は敵二人の身を焦がし反撃の余地もなく地に沈めた。
それを見届けたのを確認し倒れ込むリリー。それを狙うように銃弾が放たれるがそれが届く前に能力によってリリーを俺の側へと手繰り寄せる。同時に少女を壁に打ち付けると気絶しその場へ崩れ落ちた。
クソっ、流石に俺も限界だな。引き寄せたリリーを抱き抱えると崩れるように倒れ込んだ。
『お疲れ様。衛生班の正暦保全者を向かわせてるわ。記録の修復も既に始めてる。記録保護が終わるまでもう少し頑張ってちょうだい。箱嵜君。作業が終わるまでは壊変者が再び現れる可能性が多いにあるわ。今動けるのは貴方しかいないのだから警戒を疎かにしないこと。
それと二人共。今回の時の瓦礫を箱嵜君に使用して良いと会長からの許可が出てるわ。容量解析次第また連絡するわね。使用した一握の破片の回収も忘れずに。』
そう言うと通信は切られた。
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