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【第二部】 三十二章 「ある少年」
その少年は、国の西部に位置するある貧しい村の、貧しい夫婦の一人息子として生まれた。
物静かなその子供は、わがままの言わない、手のかからない子供だったという。しかし生まれつき目が悪く、五歳の時には眼鏡を掛けることとなった。
少年の両親は、少年の成長と共に少しずつ仲が悪くなっていった。少年が十歳の時には、二人の関係はただの同居人と化しており、また父親には愛人がいたため、家を空けることも多かった。母親はその事実を知りながら、それについて何も言わなかったという。それは気を使っていたからではなく、ただどうでも良かったのだ。自分の生活費を稼いでくれさえいれば、それで。
そしてその年の内に、少年の両親は離婚することとなり、少年は母親のもとに引き取られた。
少年の母親は、よく別れた父親の愚痴をこぼした。特に酒の入っている時には酷く、夜が明けるまで延々と「あの男がどれだけ器の小さい男であるか」という話を、我が子である少年に聞かせるのであった。
母親は働いてはいなかったが、少年は生まれつき頭がとても良かったため、同じ村に住む子供達に勉強を教えることで、いくらかの生活費を稼いでいた。また、別れた父親からの養育費もあったので、生活は辛うじで何とかなっていた。
——ある日少年は、少し離れた街に住む子供の家までアルバイトに行った。そこは裕福な家庭であったため、同じ村の子供に教えるよりも、良い報酬をもらえるからだった。
そこの家で少年は、ふんわりとしたいい香りのする洋服を身にまとう、その家の子の母親に美味しいケーキをご馳走された。「遠くからわざわざありがとうね」と、その母親は、少年を労った。
その帰りに乗ったバスの中で、少年は偶然にも、約三年ぶりに父親と再会することとなる。
その時少年は十三歳だった。父親と少年は途中下車し、二人でステーキハウスに入った。
痩せた少年を見た父親は、母親がちゃんとした食事を作っていないのではないかと、我が子の普段の食生活について心配をしたようだった。事実そうであったが、少年はあまり気にしていなかった。母親の手料理を特に美味しいと思ったことはないし、お腹が減りすぎて倒れる程でもなかったからだ。
しかし大きなステーキを目の前にした少年は興奮し、あっという間に平らげてしまった。父親もその姿を見て安心した。
そして、「また時々こうして食べに来よう」と少年に約束した。
その時に少年は、はっきりとした理由は分からないが、きっと離婚の原因は母の方にあったのだろうと感じ、以後そう思うようになった。
そして同時に、母親が自分に対して無関心であることにも気付いてしまった。
バス停の前で別れる時、少年は父親にこんなことを尋ねた。
「父さんは、もし夜中に電話が鳴ったら迷惑だよね?」と。
「相談したいことがあるなら、いつでも掛けてくればいいさ」と父親は答えた。
「ありがとう。それじゃあ」と言って少年はバスに乗り込み、父親と別れた。
——その日の深夜二時、父親の家の電話が鳴った。ベルの音で目が覚めた父親は、息子が別れ際に言っていたことを思い出し、受話器を取った。
「もしもし。どうした?」
しかしその電話は息子からではなく、城の保安課からであり、内容は、たった今先妻が焼死体で発見されたとのことだった。
しかも椅子に手足を縛りつけられた状態で、ガソリンをかけられ、そのまま椅子ごと燃やされたとのことだった。
「一緒に住んでいた筈の息子さんがどこにもいないのですが、心当たりはありませんか?」と聞かれた父親は「いえ、分かりません」と答え、受話器を置いた。
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