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【第一部】八章 「生きていてはいけない人間」
——少女との共同生活が始まって二週間が経った。
彼女は本当によく働いた。しかもかなり要領が良かった。
庭の野菜への水やり、洗濯、掃除、僕は簡単に説明をしただけだったが、僕が見張りの為に灯台に登り、夕方降りた時には全て器用に済ませていた。
食事の支度は最初は僕がやっていたが。二週間が経過し、彼女が安全だと分かってからは、お願いするようにもなった。
彼女はまだ、空中を見つめボンヤリする瞬間があった。よく働くのは、考える時間を作りたくないからだろう。
自分が彼女の立場であれば、同じようなことが出来るだろうか。本当に強い子だと思う。
だから僕はなるべく彼女に話しかけるようにした。
しかしもちろん故郷のことや、両親のことを聞くわけにはいかないので、この国の美味しい食べ物の話や、僕が絵の資材を買うために通っている画材屋の話、そして、三年前までここで共に暮らしていた恋人の話もした。
僕の話を聞く時の彼女は、やはりボンヤリしていて、左から右にただ通り抜けているようにも見えた。
だけどどうやら、恋人の話をしている時だけは興味を持ってくれているようだったので、僕はなるべくその話をするようにした。
——そんなある日。森から出てきた彼女は、首から血を流す一匹のハクビシンを右手に掴んでいた。
「どうしたの? それ」
「晩ご飯になるかと思って」
「ありがとう。今日は野菜しかなかったから助かるよ。だけどすごいね。狩りなんてどこで覚えたの?」
「父に教わりました」
「そっか。お父さんから」と言うと、彼女は暗い顔になった。
「父が動物を狩る理由は、食べるためではなく甚振るためでした」
「甚振るため?」
「はい。父はよく私を狩りに連れていきました。最初のうちはまだ普通だったと思います。だけど段々とおかしくなっていきました。
捕えた動物を、色々なやり方で殺すようになったんです。
お母さんが言うには『お父さんは仕事で疲れてしまい正気ではなくなった』と言ってたけど、父をいつも近くで見ていた私には、それは違うように思えました。
父はいつも正気でした。正気のまま、楽しんでそういうことをしていました。
私は、父が死んでしまったことは良い事だと思っています。生きていてはいけない人間というものが、この世界にはいると思うんです。
父は、いや。あの人はそういう人だったと思います」
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