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【第一部】十章 「本棚の上の本」
——少女との共同生活が始まって三か月が経った。
少女は、初めの頃に比べれば本当に元気になった。
ご飯もちゃんと食べてくれるし、今では当たり前のように自分から色々と話すようにもなってくれた。
今日は午前中から、街に一人で買い物に行っている。僕は留守番だ。
僕は少女が出て行ってすぐ部屋の掃除を始めた。
あの子が来てから、そういえばまだ本格的な掃除をしていないことに気がついたのだ。
やはり、二人で暮らすようになって、部屋が汚れるスピードも少し早くなっていた。
まず出しっ放しになっている本は全て本棚に戻した。といってもあの子は自分で読んだ本はちゃんと自分でしまうから、片付けていない本は全て僕が読んだものだった。
あの子は自分の家でも、こんなにきちんとしていたのだろうか。
それから扉と窓を開け放して、床をホウキではき、ソファやベッドなどを叩いてホコリを外に出した。
夢中になって掃除をしていると、僕は本棚にぶつかってしまい、その衝撃で僕の頭の上に本が落ちてきた。
拾い上げるとそれは、いつか少女が舟に取りに戻った、あの母親からもらったという本だった。
本棚に戻そうと思い見上げる。すると、不思議なことに気がついた。
ぶつかった衝撃で本が落ちるのは分かる。だけど一番上の段でも、僕の顔と同じ高さの本棚である。
じゃあなぜ僕の頭の上に当たったのか……?
考えられる場所は本棚の上しかない。
本棚の上は僕の身長よりも少し高い位置なので、そこに置いていたのであれば、頭の上に当たった事の説明も付く。
だけどそうだとしたら、なぜあの子はわざわざ本棚の上に本を置いたのだろう?
あの子の身長で考えると、椅子に上って背伸びをしてやっと届くくらいではないだろうか。
なぜそんな面倒なことを?
分からないが……まあ考えても仕方がない。
僕はひとまず先に、掃除を終わらせることとした。
——それから一時間ほどで掃除は終わってしまった。
大きな家でもないから当たり前なのだが、面倒だと思っていても取り掛かってみるといつも予想していたよりも早く終わってしまう。
あの子が帰ってくるまで、まだ時間があるだろうから、せっかくなので僕は先ほどの、あの子の本を読みながら待つことにした。
——数時間後。
僕は夕食の準備をしながら少女の帰りを待っていた。
彼女はただいまと言いながら部屋へ入って来る。
僕は振り返らずに、おかえりと背中で返事をした。
彼女は少しその様子を気にしているようではあったが、街で自分のキャンバス立てを買ってきたことを楽しそうに話した。
そして僕に、絵の描き方を教えて欲しいと言った。
僕はまた背中を向けたまま、いいよと答えた。
彼女はやはり、僕の様子がおかしいことに気付き、それから喋るのを控えた。
僕は黙ったまま食卓に白身魚の塩焼き、ポトフ、バタールのスライスを並べた。
僕たちは向かい合って座ったが、僕は自分一人で食べるかのように、小さくいただきますと言った。
彼女も同じくらいの声で寂しく、いただきますと言った。
カチャカチャという食器の立てる音。
風が窓を揺らす音。
波が砕ける音。
最近はいつも、僕たちは何か話をしながらご飯を食べていたから、こういった音がいつも側で鳴っていることを忘れていたような気がする。
少女の顔を一瞥する。そこには初めて彼女を見た時のような暗い顔があった。
僕は、自分がとても悪いことをしている気分になってしまい「ごめん、少し頭が痛くて。明日また外に絵を描きに行こう。そのキャンバス立てを使って描いてみよう」と言った。
彼女は「ううん。今日は私が洗い物をするからゆっくり休んで」と言った。
一瞬、目の前の少女が、かつてここで共に暮らしていた、恋人の顔と重なって見えた気がした。
僕も、ありがとうと答えた。
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