【第一部】十一章 「城の使い」

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【第一部】十一章 「城の使い」

 ——少女との共同生活が始まって半年が経った。  今日は、城から使いの者が監視記録を取りに来る日だ。  僕は少女に「悪いけどその時だけ、ベッドの下に隠れていてくれるかい?」とお願いし、彼女は了承した。  使いの人間は稀に時間よりも早く来ることもあるので、外はうろつかず家の中で過ごした。  僕はコーヒーを、彼女はミルクコーヒーを飲みながら、時間が来るまで静かに過ごした。    ——いつも通りの時間になると、車がこちらに向かって来る音が聞こえた。  僕は彼女に目配せをし、彼女は素早くベッドの下に潜り込んだ。  車が家の前で止まる。エンジンを切る音が聞こえ、扉がノックされた。 「はい、今開けます」と言い、僕は扉を開けた。  そこにはいつもの男が立っていた。  ヒョロリとした線の細い体格。メガネをかけ、支給された城の制服と、肩掛け鞄を斜めに下げた彼は、いかにも城の使いが似合う男である。 「こんにちは。監視記録を受け取りに来ました」と男は言う。  僕はいつも通り今日までの記録を男に手渡した。 「特に変わったことはありませんでしたか?」 「ええ、特に何も」 「承知しました」と言いながら男は、監視記録をパラパラとめくり、簡単に目を通しているようだった。  いつもなら、そのまますんなり帰るはずなのだが、男は口を開いた。 「そういえば、先ほど裏の浜辺で小舟を見かけたのですが、あれはあなたのものでしょうか? 前回来たときにはなかったように思うのですが」  しまった……舟を隠すのをすっかり忘れてしまっていた。 「そうです。いつもは入り江の先の洞窟に止めているのですが、昨日あれで釣りに行っていたもので」 「そうですか、では一度近くで確認したいので、案内してもらえますか? 何か変化があった場合には確認しなくてはいけない事となっていまして」 「分かりました」と言い、僕は男と家を出て、舟のある浜辺の方へ歩き出した。  おそらく少女の手がかりとなるようなものは、何も残っていない筈だ。  しかし……浜辺の方へ下れば下るほど、僕の心臓の音はどんどん大きくなり、まるで頭の中で鳴っているようだった。  小舟の元へ着くと、男は舟に上がり中を調べ始めた。  そして時々、手に持っていた用紙に何かを書き込んでいる。  僕も近づいて、何かマズいものが落ちていないか覗き込んだが、見る限り舟の中は空っぽだった。  そして男は小舟から降りると、僕の前に立ち、用紙に目を落としたままこう尋ねた。 「しかしこの辺りでは見ない作りの舟ですね。どこから持って来たのですか?」  僕はひとまず、確認の取れないような言い訳を答えなければならないと思い「すみません。これは確か、随分前に友人から譲り受けたものなので、元々どこで作られたものかは、僕にも分からないのです」と答えた。  男は僕の話を聞きながら用紙にまた何かを記入していたが、納得した様子で、ペンと用紙を鞄にしまった。  そして「ではもう大丈夫です。舟が傷んでいるようなので沖にでる際は気をつけて使った方がいいでしょう」と言った。  そして僕と男は再び浜辺から、灯台の方へと坂道を上り始めた。  家の前に着くと男は「ではまた」と言い車に乗り込んだ。  僕はほっと胸を撫で下ろす。  しかし男は車の窓を開け、最後に、こんな言葉を口にした。 「お忙しいところすみませんでした。。では」  そして、森の中へと消えて行った。  僕はその場で立ち尽くし、男の車が小さくなるのをただ見ていた。
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