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【第一部】十ニ章 「油断」
僕は訳がわからないまま家に戻った。
見ると、テーブルの上には飲みかけのコーヒーとミルクコーヒーがそのままになっていた。この二つのカップを見て男は、他に人が居ると勘づいたのか?
しかしどうしてベッドの下だと分かったのだろう……くそ、僕は城の使いを甘く見ていたようだ。
僕はベッドの方に向かい「もう大丈夫だよ」と声をかけた。
少女はのそのそとベッドの下から這い出てきて、大丈夫だったかと尋ねたので、問題ないよと言った。そして、悪いけどもう少し家にいてくれるかいと言って僕は一度外に出た。
僕は家の前をゆっくりと歩きながら考えた。
今までこの岬では何もトラブルはなかったので、何かを隠すようなことは一切無かった。嘘を答えたのは今回が初めてだった。
あの男は僕の僅かな動揺と、部屋の様子の違いで何かを見抜いたというのか。あの男は、城の使いに専任されるだけの人物だったということか……とは言うものの、こうなった以上どうすればいい。
あの男は僕を疑っているだろう。城に何か報告をされるかもしれない。そうすれば次は、衛兵を引き連れて来て、本格的な調査と尋問が行われるかもしれない。
そうなれば僕は終わりだ。少女だって不法入国だしタダじゃ済まない。これ以上ここに居るのは危険ということか。どうすれば…………
僕は不意に、あの日のしゃれこうべを抱えた老婆のことを思い出す。半年ほど前、まだ少女がここに来たばかりの時に海岸で出会ったあの
老婆。
あの人なら、この状況に何かしらの助言を与えてくれるような気がした。
僕はもう一度、あの老婆のいた海岸を目指し森の中へと入って行く。
——そして足早に森を抜け海岸に着いた。
そこには、あの日と同じように、海に向かい、椅子に座る老婆の後ろ姿があった。
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