【第一部】十三章 「助言」

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【第一部】十三章 「助言」

「こんにちは」と僕は声をかけた。  老婆は振り返ることなく「また来てくれたのかい」と答えた。  僕は老婆の前に回り込んだ。老婆は相変わらず膝にしゃれこうべを抱え、目を閉じたまま波打ち際の辺りに顔を向けていた。 「すみません。また少し困った事態になってしまいました」 「そうかい。だけど困難とは起こる時にはひっきりなしに起こるものだから、受け入れるしかないよ」  そして老婆は手招きをした。僕は老婆のすぐ近くまで行くと、持っていなさいと羅針盤を手渡された。 「これは?」と僕は尋ねる。 「この問題はお前が考えるよりも、まだ大きいものになって行く。それを持っていた方がいい」  僕は、分かりましたといい羅針盤をポケットにしまった。 「この世界には、二種類の人間がいる。分かるかい?」と老婆は言う。 「二種類ですか……いえ、どうでしょう。わかりません」 「それはね。親に愛された者と、愛されなかった者だよ。この二者の間にはとても大きな隔たりが出来てしまう。お前さんは一目見てすぐ分かったよ。よい両親に恵まれたんだね。    だけど残念ながら、そうではない者も居る。きっと私たちが想像する以上にその数は多いだろうし、またその深淵の深さは、よほど勇気のある者でないと覗き込むことは出来ない。    勇気とは、『自身には価値があると思える』ということだよ。そして、その感覚を最初に教えてくれるのは両親だ。  分かるかい? だから愛されなかった者は危険なんだ。誰かを傷つけることで、己の存在を誇示しようとするからだよ」  僕は、老婆の言うことの意味が感覚的にとてもよく理解出来た。老婆は続ける。 「お前さんは、もう既にそういった問題の渦中に身を置いている。愛情を知っているお前さんには、この問題を乗り越える為の知恵と素質がある。  だけど簡単じゃないよ。気を抜かずにしっかりと、目の前の状況を切り抜けていかなければ、未来は全く違うものになってしまう。  私に出来ることはこんな風に助言を与えることくらいだ。全てはお前さんにかかっている」 「ありがとうございます。分かりました。ただ、僕が今日こちらに来た理由はですね。やはりあの少女のことなのですが、今日は城の使いが灯台に監視記録を取りに来る日でした。  ついさっきのことなのですが、その城の使いの男に、どうやら僕が少女を匿っていることがバレてしまったようなのです」  僕はそこで少し言葉を区切ったが、老婆は何も答えようとしなかったので続けた。 「その使いの男はですね、最後去るときに、ベッドの下に少女を匿っていることを見抜いているような発言をして帰りました。なぜ男にそれがバレてしまったのか、僕には全く分からないのです」 「そうかい……私が思う以上にもう事は進んでいるのかもしれないね。いいかい。落ち着いて聞きなさい。その男はマズい、とても危険だ。    しかも頭も良いだろう。とにかく逃げなさい。決して冷静に話し合おうなどと考えてはいけない。  どうしてその男が、少女の存在を見抜いたかよりも、なぜその事を最後にお前さんにわざわざもらして行ったのかを考えてみなさい」 「なぜ……ですか?」  確かにそうだ。なぜ最後にわざわざそれを僕に教えるような言葉を残して行ったのだろう。  まさか……僕に行動を起こさせるためか。  揺さぶりをかけて、例えば僕が逃げる準備を始めるとか、少女と何か決定的な話をするとか、そういった行動を誘発させて、証拠を掴もうとしているのか。  だとしたら男はまだ、灯台の近くに潜んでいる⁉︎  老婆が、口を開いた。 「もう戻った方がいい。今すぐに。走って戻りなさい」
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