【第一部】十五章 「試練」

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【第一部】十五章 「試練」

「ちょっと待って下さい。確かに僕は嘘をついた。だけど、いつまでも黙ってるつもりではなかったんです。落ち着いたら報告するつもりでした」  男は一言、だまれと言った。そして、拳銃を構えたまま縄を取り出し、僕に両手を前に出すように指示する。  僕は黙って両手を前に出し、男は慣れた手つきで縛った。 「しかし、お前ほどの間抜けを私は他に見たことがない。こんな誰もいない岬の管理人を引き受け、安い報酬を受け取り、所帯を持つこともなく、いつも一人でニヤニヤと暮らしている。  自分が惨めだと気づくこともなく、街の人間とも関わろうとしない。城の人間がお前のことをどう呼んでいるか知ってるのか? 灯台の管理人だなんて、誰も言ってない。『北のおとり』って言われてるんだよ。  北側から攻められた時にここは真っ先に狙われるからな。お前が連絡をよこし、殺されている間に、我々は城を防衛する準備が出来るってわけだ。  知ってるか? 北から攻め入られた時、灯台の管理人の生命を守るための作は何も立てられていないんだ。  要はお前は、国に正式に認められた捨て駒なんだよ。死んでもいいやつをここにつかせるんだ。実際そうだろう。お前が死んだところで誰が困る? ええ? 誰も困らないだろう。  寂しい人生だったな。もうお前が城の地下から解放されることはない。明日から死ぬまで、湿った牢屋で暮らすことになるだろう」  使いの男は、そのように僕を散々罵ると、唾を床に吐いた。僕の家の床に。 「チッ、ここは嫌いだ。潮風が喉に張り付いて気持ちりい」  さっきまでとはまるで別人のように、言葉遣いや顔つきまで変わってしまった男に、僕は更に狂気を感じた。それはまるで、人間の持つ醜さそのものであるように思えた。  しかし、僕の脳裏ではやはり、少女はどこに行ったのだろうという疑問だけが、ずっと残っていた。  男が来る前に逃げたのだろうか。無事だろうか……  男は僕の両手を縛った縄の先を持ち、僕に玄関の扉を開けて出るように指示した。僕は言われた通り、男の前を歩き扉を開ける。    外はもう夕暮れだった。きれいな夕焼けが目の前に広がっていた。僕はここでの生活が好きだった。  いつも優しい何かで満たされていた。それがたった今失われたのだと思うと、心が真っ暗になった気がした。  だけどこうなったのも当然だ。僕のとった選択は違法だ、国の法に背く行為だったのだから。  だけど仕方ないだろう。あの状況で少女のことを国に引き渡していたらあの子は、長い拘束と尋問を受けることになり、最後には故郷へ送り返されることになるだろう。それはあまりに不憫だ。あの子の母親の努力だって無駄になってしまう。  僕が考え込んでいると、男は僕の背中を力任せに蹴飛ばした。  僕は草の上に倒れ込み、両手が使えないせいで地面で鼻を打った。鼻の奥に、あの嫌な鉄の感覚が広がっていく。 「言われた通りに歩くことも出来んのか。なんならここで殺してやろうか?」  男は腰の拳銃を引き抜き、倒れている僕に向ける。 「や、やめて下さい!」と僕は恐怖のあまり丸くなる。  その時だった。  ガァンッ! という低く鈍い、金属で何かを殴るような音が鳴り響いた。  僕が慌てて顔を上げると、目のとんだ男がまさに倒れる瞬間だった。  倒れた男の背後には、しっかりと両手でフライパンを握る少女が立っていた。
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