【第一部】十九章 「告白」

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【第一部】十九章 「告白」

 目を覚ますと外は既に暗くなっていた。どれくらい眠ったのだろうか。  少女は先に起きて、窓から入り込む外灯の明かりで本を読んでいた。その本は、母親からもらったというあの本だった。 「起きてたんだ? 寝れた?」 「……私も今起きたばかり」   そう答えた彼女は、何やら元気がないように見えた。  ——僕たちはひとまず、街まで食料を買いに行くことにした。子供の頃、この別荘に遊びに来た時の記憶がまだ残っていたので、おおよその場所は覚えていた。  夜道を歩いていると、彼女はやはり言葉数が少なかった。やはりこの一連のドタバタで疲れてしまったのかとも思ったが、寝る前はもう少し元気だったし、僕には起きてから様子が変わったように思えた。 「どうかした?」と僕が尋ねると、少し沈黙したあと、緊張した様子で彼女は「謝らなきゃいけないことがある」と切り出した。 「本当に……取り返しのつかない嘘をついてしまいました。もっと早く言うべきだったんだけど、怖くて、ずっと言い出せなくて……」  僕はその言葉で、彼女が何を言い出すのか検討はついたが、黙って聞くことにした。そして彼女は、先ほど読んでいたあの本を僕に手渡し、上ずりそうな声で話し始める。 「私が……その。つまり……私が、疫病の流行っている島から来たという話は……嘘なんです」  僕は「知ってたよ」と答える。  彼女は驚いて、時が止まったようにまん丸い目のまま、僕の顔を見つめている。 「前、部屋の掃除をしてる時に偶然、この本が本棚の上から落ちて来たんだ。時間があったから読ませてもらった。そしたら、君が話した疫病の島の話が全くそのまま、この小説の中に書かれていた。君はそのストーリーを、自分に当てはめて僕に話したんだろ?」  彼女は何も言わず、いや、何も言えず強張った表情のまま僕を見ている。僕は続ける。 「そりゃ驚いたし、ショックだったけど、きっと君はこの話をすれば、僕が君を追い出すと思ったんじゃないか? そうやって僕から離れようと思った。その気持ちは分かるよ。急に見知らぬ人を信用する方が難しいさ。  でも君は、その後にいつだって逃げ出す機会はあった筈なのに、逃げ出さずに僕との生活を選んでくれた。それに何らかの事情で、夜中に海を漂っていたことは事実なんだし、大変な事態だったということには変わりないんだ。だから別に、最初についた嘘なんてことは対した問題じゃない。気にすることないよ」 「ごめんなさい。本当に……私が初めから嘘なんてつかなければ、きっとこんなことにはなっていなかったのにと思うと、私があなたの生活を奪ってしまったような気がして」 そう言うと、彼女は泣き出した。 「いいって。ほら、今度の家だってそう悪くないよ。前よりも広いんだし、海からだってそう遠くないよ。だからあんまり変わらないよ」 「ありがとう。私はあの時……海を漂っていた時、恐怖でいっぱいだった。意識もほとんどなかったけど、多分このまま死んじゃうんだろうって、揺れる舟の上で考えていたんです。だけど、あの灯台の、オレンジ色の灯りが見えた時、一瞬暖かいモノが心に生まれた気がしたんです。  だけどやっぱり気は失ってしまって。次に気が付いた時は、あなたがそこにいました。暖かい暖炉と、おいしそうなスープの香りがしたことも覚えています。だから私は『あぁ、まだ生きているんだ』って分かったんです。  その時は生きているという事実だけで辛かったけど、今はもう辛くないです。こうしていられることは。あなたのおかげです」 「そっか。生きてて良かったと思えるならそれは何よりだよ」  少女は涙を拭うと、短く深呼吸をした。 「少し長くなるかもしれないけど、本当のことを聞いてくれますか? 私がどうして夜の海を漂っていたのかを」  彼女のその言葉によって、鈍い音と共に重い扉の鍵が外された。そんな感じがした。 「うん。聞かせてほしい」と僕は答える。
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