【第一部】二十二章 「朝焼け」

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【第一部】二十二章 「朝焼け」

 ——この別荘に越して来てもう半年が経っていた。僕も街の方で点灯夫の仕事に就いており、給料は安いが生活は何とかなっていた。  夜明け頃、僕は体を揺らされて目を覚ました。  目の前には少女が立っていて、その背後の窓から小さな朝焼けの空が見えた。今、一体何時なんだ? 「どうしたの?」と僕は尋ねた。 「……血が出た」 「え、血って、どうして?」と聞くと、彼女は黙り込んでしまった。  ああ。なるほど……僕は、その様子で察した。 「こういうのは初めて?」と聞くと、彼女は頷いた。 「そっか。それはね、君くらいの年齢になるとみんな起こることなんだ。聞いたことはある?」 「ある……」 「うん。とにかくそれは当たり前のことで、君が健康な証でもあり、大人になった一つの証でもあり、んん何ていうか、別に心配するようなことじゃないんだ。だけどこれから月に一回くらいはあるはずだから」 「……シーツを汚しちゃった」 「大丈夫だよ。シーツはどうする? 自分で洗うかい?」と言うと彼女は頷いた。 「体調が悪くなったら、すぐに言うんだよ」と言うと、彼女は分かったと言って、自分のベッドの方に戻った。  僕はもう一度横になり目を閉じた。彼女がばたばたとシーツをはぎ取り、外に持って行く音が聞こえる。  まだ陽も上りきらない朝焼けの中に、血のついたシーツを抱えて、溶けて行く少女の様子を僕は想像する。そして、ふと気がつくと僕の顔は緩んでいた。  何となく、あの子の成長が嬉しいと感じたのだと思う。たった一年ほど一緒に過ごしただけなのに、父親のような気分になっていたのかもしれない。  僕は二度寝は止めることにして、あの子が洗濯を終えて戻って来るまでに、朝ごはんを作ることにした。  この国では、初潮を迎えた女の子には、ハチミツを食べさせるのが一つの文化としてある。しかし彼女は、外の国の子だし、こういうときの女の子の心理が、僕にはよく分からないので、特別なことはやめておくことにした。  僕はいつも通り、パンにスライスしたトマトとチーズを挟み、トースターで焼いた。それと、タマネギとキノコを使った簡単なスープを作った。  ——二十分が経ち、ちょうど朝食が出来上がる頃、シーツを干し終えた彼女が戻って来たので「朝ご飯食べれる?」と聞くと、食べれるというので僕たちは食卓を挟み、椅子に座った。 「いただきまーす!」と言うと同時くらいに、外で何やら物音がした。 「……なんだろう。聞こえた?」と僕は彼女に聞く。 「うん。何か落ちるような音」  音の距離は近かった。玄関の扉のすぐ向こうに何かがいるのか? 「ちょっと待ってて」と僕は彼女にそう伝え、扉の方まで進む。  取手に手をかけ、ゆっくりと、ほんの少しだけ扉を開き覗いてみると、そこから見えたのは山羊だった。わずかな隙間なので顔と前足くらいしか見えなかったが、山羊がすぐそこに横たわっていた。 「なんで山羊が?」少なくとも人間じゃなかったことで僕はほっとして、扉を全開にする。  しかしその瞬間。僕の背筋は一瞬で凍り付くことになる。  。   「なっ! なんなんだ……」
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