【第二部】二十七章 「暗い瞳の青年」

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【第二部】二十七章 「暗い瞳の青年」

 天井には花紋様の装飾が施され、カラフルなステンドグラスには、様々な物語が陽の光を通して七色に輝いている。柱頭には、ごつごつとした個性的な彫刻。そして祭壇には白い布がかけられ、その向こうの壁に、聖体を安置している証の赤いランプが灯っていた。  僕は杖をつきながら身廊を歩き、誰もいない会衆席へ座る。あの老婦人がいつも掃除をしているおかげだろう。席には埃一つなかった。  それからしばらく、僕はぼんやりと教会内部の様子を眺めていた。ふと壁に目をやると、所々から細い光が差し込んでいた。  近付いて見てみると、壁にはガラス玉がいくつか埋め込まれており、そのガラス玉を通して入り込む光だと分かった。  やがて外から老婦人が戻って来る。老婦人はこちらまで歩いてくると、僕の隣に腰掛けた。 「三十年ほど前。いえ。実際の時間で言うと五十年前です。まだ私もあなたくらいの歳の頃のことです。この周りにも人が住んでいて、多くの人がこの教会を必要としていました。  ——ある日の昼下がり、一人の青年が訪ねてきました。  それはそれは深淵のような暗い瞳の青年でした。初めて見る顔で、身なりからしてもおそらく旅人だろうと私は思いました。  長い紺色のローブを着込み、あちらこちら泥が跳ねて汚れていて、顔つきからしてまだおそらく二十代の中頃くらいだろうという感じでした。  私が『なんの御用でしょう?』と尋ねると彼は、『もし水があれば、分けては頂けませんか?』と言いました。  私は教会の裏手にある井戸まで青年を案内し、『ここの井戸水であれば好きなだけ飲んで構いません』と言いました。  彼はお礼を述べ、井戸水を汲み上げて飲み始めました。それも、ごくごくと凄い勢いで大量の水を飲んだのです。  もしかしたら数日、何も飲み食いをしていなかったのかもしれないと思い、私は『パンはいかがですか? 時間があるようでしたら、その着ているものも洗って差し上げますが』と提案しました。  しかし彼は『ありがとう。だけど、今は時間がないからお気持ちだけ受け取らせて下さい』と丁重に断りました。  それから私たちはまた教会の正面へ回り込みました。 『どうかお気をつけて。そして困った時はまたいつでも、この教会を訪ねて下さい』と私は彼に別れの言葉を告げました。  すると彼は、鞄から綺麗な青色の輝く石を取り出すと、こちらに差し出し『これは、旅の途中に出会った商人から譲り受けた、マラムという宝石です。これを売れば、一年分ほどの生活の糧となるはずです。親切にして頂いたお礼です。受け取って下さい』と言いました。  私は『これはしかし、私のした行いを遥かに超える対価です』と言いました。  彼は『そんなことはありません。あなたは僕だけでなく、ここに訪れる全ての人へ分け隔てなく慈悲の心を向けてきたのでしょう。これでは足りないくらいです。それに僕は罪を犯した身の人間です。このような物を持ち歩くのは、あまり似合いません』と言いました。  私は、青年の言うその罪というものが、何なのか分かりませんが、その暗い瞳からは何か深い部分で入り混じった、混沌のような心情が伺えました。 『ありがとうございます。では、この石はこの教会のために使わせて頂きます』と言い、私はそのマラムという宝石を受け取りました。  彼は力なく笑い『もし時間があれば、僕はあなたに、その罪を打ち明けていたと思います。またこの国に来ることが出来たら、ここを必ず訪ねたいと思います』と言い、森の中へと消えて行きました。    それから一年後、彼は本当にまた、この教会を訪れてくれたのです。 『お久しぶりです』と彼が現れた時は、私はまるで夢のように思いました。何となく、彼にはもう二度と会えないような気がしていたものですから。  それから彼はほとんど毎日、この教会に訪れてお祈りをして帰るようになりました。彼がここに通ってくれている間は、私は彼と色々な話をしました。彼は両親の話や仕事の話など、たくさんのことを私に話してくれました。  私も同じくらい、特に楽しくもない身の上話を、たくさんしたことと思います。気がつくと私は毎日、彼が来ることを心待ちにするようになっていました。  そして彼の瞳はもう、初めて会った時のような暗い瞳ではなくなっていました。そうですね。それは、海のような……そんな、優しい瞳でした。きっとそれがあの人の、本来の色だったのだと思います」    ——老婦人は、光の失ったその目を閉じたまま微笑んでいた。 「ごめんなさいね。長話になりました。もうとても昔の話です。ただあなたの瞳が、その時の青年の瞳とよく似ているのです」  そう言うと老婦人は、僕の顔を覗き込んだ。もちろん、まぶたは閉じたままで。 「今は確かに暗いけれど、また必ず元のような優しい瞳に戻るでしょう。さぁ、では行きましょうか。少し歩きますが、ゆっくり行きましょう」と老婦人は言う。  僕は頷く。
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