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【第一部】四章 「朝食(トマトとチーズのサンドイッチ)」
五分ほど潮風にあたり、僕は家に戻ることにした。
部屋に入ると、少女は変わらぬ様子でベッドに腰掛けていた。さっき渡したタオルはテーブルに畳んで置かれている。
僕は、クロワッサンとサンドイッチの入ったバスケットをテーブルに置き、彼女の飲み干したグラスに再び水を注いだ。
「無理して食べなくていいけど、出来れば少しでも食べた方がいいよ」
彼女はそれについて何も答えなかった。
僕は、クロワッサンとサンドイッチを一つずつ自分の皿に取り食べ始めた。彼女も戸惑ってはいたみたいだが、サンドイッチを一つ自分の皿に取った。
強い子だ。と僕は思った。その気質が、今後も彼女自身を救うことになればいいのだけれど。
それからしばらく僕は喋ることなく黙々と食べていたが、彼女はやはりあまり食べられなかったようで、一口だけかじり、後は皿の上に残し、それを何も言わずに見つめていた。
「いいよ。それはとっておくから、夜にまた食べよう」と、僕は言った。
彼女はまだ、そのかじられたサンドイッチを見つめたままであったが、その目には再び涙が溜まっていた。
「ごめんなさい、あまり気にしないで下さい」
と彼女はそう言ったが、この状況で気にしないのは正直難しい。
その言葉の半分は、気にしないで欲しいというものであり、もう半分は、気にして欲しいというものであるように思えた。
僕は何も言わずにもう一度、タオルを差し出した。
この年齢で両親を失ってしまうということが、どんな気持ちなのか僕には分からないけれど、この経験にどういう意味を持たせるのかは、この子がこれから自分で決めることが出来る。
ただ、今辛いのは仕方ない。そればかりはもう少し、時間が過ぎるのを待つしかない。
美味しいサンドイッチも、美しい海も、僕という存在も、悲しみに暮れる今の少女にとってはあまりにも力不足だった。
「大変だったね。辛いだろうけど、必ず少しずつ楽になっていくよ。僕も母親が亡くなった時は辛かった。
いや、君の両親はまだ亡くなったわけじゃないから、余計辛いかもしれないね。とにかく、今辛くても少しずつ良くなっていくよ」
「……ありがとう。もう少し寝てても良いですか?」
「うん。どうぞ」
それから彼女は、ベッドに窓の方を向いて転がった。
僕は、彼女の残したサンドイッチを冷蔵庫にしまい、皿とグラスを洗うことにした。洗いながら背中では、彼女の啜り泣く音がずっと聴こえていた。
あの子の国と、何かしらの連絡を取る手段でもあればいいのだが、連絡船なんて出ていないから手紙は出せない。もちろん舟で乗り込むわけにもいかない。
彼女の母親があの子を逃がしたというのなら、その気持ちを汲んでとにかく今は、ここで僕が面倒を見るしかないのだろうか。
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