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とはいえ、そこは長い付き合いを経た職場の同志でもある。
客やスタッフには特別な感情を一切持たない、いや持ったとしても表には出さないであろうストイックな上司の信条を理解している仲人は、
「親しみをもってお客様に接するのは私たちの目指すところかと思いますが。
紙無様は住むところまで失って今とても困っていらっしゃるんですよ?
私的感情を別にしても店舗営業ではいかに多くの契約をその日のうちに取るかが全てです。
たった今高額物件の契約を一本流したんですからその埋め合わせはしてくださらないと。
いくらマネージャーだからって店に居詰めでは困りますしね」
と矢継ぎ早に言って紙無 茄乃に向かった。
「お待たせして申し訳ありません、陽当たり具合をお気になさらないのであれば、今からでもご案内できます」
「仲人君。、、、あ、いや」
確かに──
仲人の模範的な対応は尤もだった。
部屋を借りたいという本人が『陽当たりは気にしない』と言っていることだし、これで成約となれば金額は違えど契約の本数は埋め合わせたことになる。
「そうですか、、、
そうですね。では後を頼みます。
紙無さま、急ぎましょうか。
暗くなると室内も立地も分かりにくくなりますので」
─ 紙無 茄乃は単なる客である。─
そう言い聞かせ自らを律した瀬髙であったが、忽ち目元を少し和らげ頷く青年に、
何故かふと、数年前に泣く泣く手放した年下の恋人を思い出していた。
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