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「『契約を取り消したい』、、、ということですか?」
─── 株式会社シティホーム 賃貸営業部
つい先日、男と共に入居契約を済ませたばかりの青年に向かい、瀬髙 野津帆は封筒から取り出した鍵を握り締めた。
マンション引き渡し予定の今日、書類一式を揃えて待っていたのだが、店にやって来た契約者(の片割れ)が最初に口を開いて言ったのは突然の『契約の解除』だった。
「二人で住めなくなっちゃって」
瀬髙は一応入り口の辺りを見る。
「今日はお一人ですか?」
「えっと。これからも一人です」
「、、、、」
─ 『独り』、か。
瀬髙は有り余る理性で成就することのない期待を隠し、
「差し支えなければご事情をお聞かせ下さい」
カウンター越しに佇む小柄な青年に椅子をすすめ、自分も座った。
「先日契約された際には連帯契約者である浦霧様とパートナーシップ証明の申請をされると伺っていましたが?」
「なんだけど、浦霧さんとの間にハプニングがあって」
主たる契約者のかたわれである紙無 茄乃は区が発行するパートナーシップの申請書を握りしめ、あらぬ方に視線を投げた。
「ハプニング?」
「はぃ」
不動産業界でのトラブルだとかハプニングだとかは珍しくもない。
特に入居前までに起こる、やんごとなき契約解除の申し出は大抵『破局』ってところである。
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