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「瀬髙さんの言う通り、部屋の契約まではね、あの人に奥さんがいたなんて知らなかったんだ。
ちゃんとした家があるのに、俺と住む部屋借りる体で通う気だったみたい。
、、、ひどい話だろ?
けどさ、今でも完全には諦めきれてないんだよね、俺。
隠し事はされたけど嫌いになれない。
あ、、、聞きたくないか、こんな話」
「いえ。
僕の耳で気が済むならどうぞ。
決して口外は致しませんし、忘れろと言うならすぐにでも忘れますから。
ですが、、、できましたらその黒い涙を拭ってからお願いします」
ティッシュを箱ごと渡し、瀬髙は自分もペットボトルを煽る。
「これね」
茄乃は受け取ったティッシュで目元をゴシゴシと拭い、その汚れ具合をみて再び声なく笑った。
繊細な前髪が微かに揺れるのと同時に茄乃の口元から柑橘系のドリンクの匂いが漂い、瀬髙は慌てて姿勢を正した。
「一昨日電話で揉めちゃってさ。
向こうは、
『このまま関係は続けたい。
妻に愛情はないし離婚も考えているからそれまで目を瞑ってくれ』って。
だけど俺はね、浦霧さんとパートナーシップ婚をするつもりで一緒に暮らす部屋を探してたんだよ?
通い婚なら今までと何も変わらないじゃん?」
「わかります」
「だからさ、炭でわざとクマ作って寝られないほどの心労ってやつを見せに夜中に会いに行ったんだ」
「奥さんのいる彼の自宅へ、ですか?」
「あの人、家とは別にマンション借りてたんだよ。会社に近いとこ」
─ すでに別宅持ちだったのか
「なるほど。
それで茄乃くんも彼が結婚してることに気づかなかったんですね。
ですが、、、クマというにはそれ、わりと不自然ですよ」
「紀州の備長炭。高かったのにな、これ」
つやつやの肌に不似合いなほど黒い目元周りの理由がようやくわかり、瀬髙は大いに呆れてシートに背中を預けた。
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