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「本物のクマではないのはバレバレでしょうね」
「そうかな?
心配はしてくれたけどな。
だけど今すぐ離婚するのはさすがに無理だって。
、、、浦霧さんは優しいからな~。
けどさぁ、それじゃ俺だって嫌だし。
でね、言い合いの途中で『死ぬ』ってゴネてやったの」
「はぁ」
「浦霧さん、『ナノが死んだら俺も死ぬ』って言ってくれたよ。
でもね、そこまで言っときながらやっぱり
すぐの離婚はできないんだって。
だから一旦家に戻ってリスカしてもう一回会いに行って」
「リスカっ?。
茄乃くん、リストカットしたんですか?」
一歩間違えれば命に関わることを聞いた以上、他人でもほっとけない。
瀬髙はクマが炭で描かれていた事実よりも はるかに驚いて茄乃の手を取った。
「切ってない切ってない、線を描いただけ。
赤のペンで」
茄乃は掴まれていない方の手をひらひらさせながら首を振り、ひょいと袖を引っ張り上げると左手首に隙間なく描かれた鮮やかな線を得意げに見せた。
「赤ペンッ」
「コニボールの0.3ミリで」
「、、、」
言葉もない瀬髙と数秒間見つめ合い、言い訳のように続ける。
「だってマジで切ったら痛いじゃん。
痕残るし。
でもリスカするくらい傷ついてるってことは知らせたかったから」
「、、、」
「そしたら浦霧さん、ようやく困った顔して『ナノが傷つくと俺の心は引き裂かれそうだ』って。
あ、わかってくれたんだーって思ったら嬉しくなっちゃって。
ここは俺がしっかりしなきゃって、
『奥さんに俺から離婚してくれってお願いするよ』って言ったんだ。
そしたらいきなり、突然にだよ?
向こうから『別れよう』って言い出して。
ほんと、意味わかんないんだけど」
「、、、、」
「瀬髙さん聞いてる? 俺の話」
「え? え、ええ」
「おかしいと思うだろ?
浦霧さんの奥さんて面倒くさい女なのかな?」
控えめに言っても瀬髙 野津帆は社会的わきまえのある男だった。
言葉の刃で無闇に人を傷つけたことはない。
だが、ここまで世間知らずの勘違いを炸裂させる子には一部の男が持つ不都合な真実というものを突き付けずにはいられなくなった。
「はっきり言わせてもらいます。
浦霧さんは離婚しません。
多分、今でも奥様を愛しています」
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