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やや憔悴した表情で店に戻った瀬髙と、未だぽろぽろと涙を流し、時折しゃくりあげる 茄乃を見た10人ほどの社員たちは何事かとざわめき立った。
店を出る前から うっすら茄乃の事情を知っていた仲人 夢実だけが鋭い女の勘を働かせ、茄乃をカウンターの隅に座らせると事の顛末を黙って聞いた。
その間にも茄乃は泣きはらした目でジロリと瀬髙を見上げ、
『瀬髙さんが急に俺の肩を掴んで』
だとか、
『静かにしろって口を塞いできて』
などと夢実に言い付けていた。
二人の横に立つ瀬髙は部下らの手前、仕方なくという形で、
「茄乃君の人格を否定するような発言をしてしまいまして申し訳ありませんでした。
深く反省しています」
と詫びるのだが、どこか釈然としていない。
一通りを聞き追えた夢実は時折ちらりと見つめ合う二人を冷静に眺め、失恋したばかりの茄乃が少なからず瀬髙を意識していること、そして瀬髙の方も茄乃に対して何かしら感じているにも関わらず、揺るぎない理性が騒ぐ心を前に鉄壁のごとく立ちはだかっていることを見透かしていた。
「それはそれは。
うちの瀬髙が大変な失礼を致しました。
本来であれば伏してお詫び申し上げるところですが、、、
傷心の渦中にいらっしゃる紙無様には、、、。そうですね」
少し考えるふりをして、
「別の形で事態の収拾をつけさせて頂きたいと思いますが」
「は?」
「紙無様が負った心の傷を ここにいる瀬髙が責任を持って癒す、ということで今回のことをお納め頂けないでしょうか?」
「癒す? 瀬髙さんが俺を?」
「夢、、、仲人君、いきなり何を」
「わたくしの経験から申し上げさせて頂きますと、失恋の傷には新しい相手という軟膏が一番です。
あ、ですが何も一から始めろと言うのではありません。
私が伝授します『軟膏』とは、とりあえず身近なところでキモくない、、、できれば見た目だけでも『タイプだな~』と思う相手とヤっちゃうことでして」
周囲を気にせずペラペラと話す夢実に瀬髙は狼狽え、茄乃は眉間に溝を作った。
「そんな事で浦霧さんを忘れられるの?」
「ええ保証します。
たしか浦霧様は背が高く、概ねダンディなイケメンでしたね。
失礼ながらそれらの点におきましては、どれもここにいる瀬髙の方が浦霧様の上をいくかと」
夢実の台詞に瀬髙は茫然とし、そんな瀬髙を茄乃は訝しげに見上げた。
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