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エピローグ ー実りの秋-
そしてまた月日が流れ、アユが第四子の飛馬を抱えて現れた。
前回の帰郷から少し間が空いたので祖母はカレンダーを眺めて「もしや……」と呟いていたが、そのまさかだった。
両親も観念していたのか、すんなり受け止めた。
ミナは東京の農業大学へ進学し、勉強に勤しむ傍ら婿探しに邁進している。
先日は、ターゲットを他大学の女に取られたとかで、真夜中に酔っ払って尚に電話してきて、さんざん絡んで泣いた。
「こうなったら海外の日本オタクをSNSで捕まえてやる」
翌朝立ち直ったミナは宣言した。
それも楽しそうで良いかもしれないなと、尚は思う。
一方の尚は、農業高校を卒業すると家業に加わった。
不在のミナの代わりに中の家の農場を手伝ったりもして、なかなか充実した毎日だ。
高校時代に出来た友人たちとは常に情報交換している。
二人の甥と一人の姪は頑丈に育ち、毎日子犬のようにころころ暴れて駆け回り、家の中はとてもにぎやかだ。手伝いも率先してやってくれるため、既に上の二人は立派な戦力となりつつある。
アユの贈り物は、確かにこの家を豊かにしてくれた。
「あ、あい、らぶ、ゆー」
父が庭で咲かせた花を一束切って、母に差し出す。
犬と孫たちがはしゃいで周囲を走り回る中、恥ずかしそうに、そして嬉しそうに母はおずおずと受け取った。
「まったく、お前たちときたらいつまでも」
収穫した野菜を抱えた祖母がぶっきらぼうな口調で呆れたように冷やかしながら通り過ぎる。
「あのねえ、おばあちゃん。今度の日曜日に健ちゃんがカレシ連れて来るって」
スマホを眺めていたアユがやおら言い出すと、祖母は野菜を洗う手を止めた。
「カレシ?」
「うん、彼氏」
ふん、と鼻息をひとつ吹き出すと、祖母はまた作業を続行した。
「そいつの食べられないもんは事前に知らせろって、健に言っといておくれ」
「うん。わかったよ、おばあちゃん」
スマホを置いて、アユは庭に降りて祖母の手伝いを始める。
縁側では赤ん坊が柔らかな毛布にくるまり、長い睫毛を伏せてうとうとと眠っていると、傍らに老いた猫がごろんと寝そべって子守を買って出た。
夕日が西の空を染めはじめ、澄んだ空気がさあっと庭を駆けていく。
秋明菊がふわりふわりと白い花弁を弾ませ、そばに植えられた水引やホトトギスも一緒に揺れる。
「ナオちゃーん」
いきなり杏が足に飛びついた。
「ねえねえ、ナオちゃんわらってる。どうしたの。たのしいの?」
下から覗き込まれて初めて、そんな気がしてきた。
「ああ……」
尚の身体をよじ登ろうとする杏をよっこらしょと持ち上げ、肩車をする。
「そうかもな」
視線が高くなった杏は、頭上で喜びの声を上げた。
「わあ、ナオちゃん。おひさま、さよならだ」
西の空に沈もうとしている太陽に、「ばいばーい」と杏は陽気に別れを告げ、その力強い声が谷間をぐんぐんと降りていく。
「ナオちゃん、たのしいね!」
「うん」
はしゃぐ杏を両手でしっかり支えながら、尚は棚田を見下ろした。
青と緑の夏から暖色の秋となり、草花や木々がばたばたと様を変えていく。その上を茜色の光がゆっくりと優しく撫でている。
なんて綺麗な光景だろう。
家族で作った、ささやかな王国。
胸いっぱいに息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。
「そうだな」
実りの秋は深まっていく。
これからも。
尚の頬にゆっくりと笑みが浮かんだ。
- おしまい -
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