5.秋灯

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5.秋灯

2075年 柴野美実 「久しぶり、最近はどう? しっかり休めてる?」 「ご無沙汰してます。勤め先変えたので、前よりはゆっくりしてます」 「確かに声は前より元気そうね」  そう、楽しそうに円さんが笑う。  一海円さんは、母の姉のような存在で、私のことも姪のように可愛がってくれた。母は実の両親とは疎遠らしく、一海家で育った、と聞いている。詳しいことは知らない。  聞くと母が少し困った顔をして、あまり深く聞けなかった。ちゃんと聞いておけば良かったなと、父に尋ねるでも良かったなと、今なら思う。  たわいの無い雑談をしてから、 「それで、美実がわざわざ来るなんて、何か話があるのでしょう?」 「……お見通しで」  意味無いかも知れないと思いつつ、写真を取り出す。父の部屋から見つかった謎の男女が写った写真。  この写真のことを聞けそうな人は、もう、円さん以外思い浮かばなかった。 「多分、母の物だと思うんですけど。この男女、どう見ても歳をとっていなくて……。何か知りませんか?」 「そうねぇ……悪いけど見えないとなんともね」 「……ですよね、すみません」  円さんは、もう九十歳を過ぎているのにしっかりしていて、元気な人だ。自分の足で歩ける。頭もしっかりしている。唯一、十年ほど前に事故にあって視力を失った以外は。  とはいえ、異様に勘が鋭くて、まるで見えているのではないかと、思うこともあるのだけれど。 「歳を取らないなんて、おかしな話だけど。もしかしたら、そのキーワードだけでなにか引っかかるかなって。すみません」 「いいえ」  円さんはちょっと悩むような顔をしてから、 「もう、秋ね」 「はぁ……」  突然、呟いた。 「秋は日が暮れるのが早いじゃない。寂しくなるわよね」 「そうですね」 「私の人生も、もう夕方なんだけど」 「いやいや、そんなことないですよ」  そこまで言って、九十超えててまだ夕方なのかとか、しかしこの人の場合まだ昼間みたいな感じあるしなぁと色々思い、どう言葉を続けるか悩んでしまった。  そんな私の胸中もお見通しかのように円さんは笑い、 「まあ、私、百八歳まで生きるつもりなんだけど」 「なんですか、その数字」  きりは良くなさそう。 「煩悩の数」 「ああ……」  笑うべきなのか、よく分からないことを、たまにこの人は言う。 「まあ、だからね、心残りを無くしたい気持ちはあるわけ」 「心残り?」 「でも、沙耶と龍一くんが伝えずにいた事を私が伝えるのも、出過ぎたマネよね」 「……つまり、知ってるってことですか?」  心当たりはあるっていう、こと? 「だから悩ましいなって。それが気になる、あなたの気持ちもわかるし。でも、世の中には」  円さんがこちらを見て、見えていないはずなのにまっすぐ私を見て、綺麗に笑う。 「知らない方がいいことも、あるでしょ?」  その笑顔に気圧される。 「……知らない方が、いいことなんですか?」 「人によるかな」 「なら、私は……」  知りたいです。  そう、ハッキリとは言えなかった。どこかで、何かが、忘れた方が良いと警告している。そんな気すらした。 「今日のところは、終わりにしましょう」  少し疲れたし、と円さんが続ける。 「あ、すみません。長い時間」 「ううん。ねぇ、美実。もしもあなたが真実への道標を、灯りを見つけたのならば、私はちゃんと話してあげる。だから、どうするか考えておいて」  会合はそんな、どこか抽象的な発言で終わる。  外に出ると、すっかり日が暮れていた。近くの家から、なんだか美味しそうな匂いがする。  寂しくなって、少し早足になる。帰ろう、家に。彼が待っている家に。  結婚して、彼と暮らし始めて良かったのは暗い家に帰らなくて良くなったことだ。彼の仕事が在宅ワークでよかった。  そんなことを思いながら、来た道をもどる。  カバンの中に、あの写真を入れたまま。
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