70人が本棚に入れています
本棚に追加
依頼
今佐藤探偵事務所の応接間は非常にピリピリした空気になっていた。普段は客を迎え詳細を打ち合わせするのに使われるその部屋には、探偵二人が向き合ってソファに座っている。
「お願いしますサト君」
「……ああ?」
「サトさん、サト様、ミスター中嶋、マエストロ」
「……マエストロ関係ねえだろ」
必死に頭を下げて頼み込む男と、視線だけで人を殺せる能力があれば目の前の男を十回は殺してそうな男。その空気の悪さにまわりも気を遣う……かと思いきや、そんな空気には慣れたものなのでなんともほのぼのした雰囲気だった。
「で、お返事は?」
「NOに決まってんだろ死ね」
視線だけではなく言葉で人を殺せる能力があれば目の前の男を五十回は殺してそうな、事実五十回は死ね発言をしている中嶋聡は地を這うような声だ。副業でヤクザをやってますと言われても納得してしまいそうな雰囲気、はっきり言ってしまえば殺気だった。
「頼むよおおお! 同期のよしみ! 優秀なサト君のお力を何卒この愚民に貸してください中嶋大魔神様ああああ!」
「今の失言を詫びてこんなクソな時間作るヒマがあったらさっさと仕事するのと、俺に殺されるのと首吊って死ぬのと俺に殺されるのどれがいいんだテメエは」
「さりげなく殺されるの二回入れないでくれよ」
かれこれ十分ほど続いているやり取りを見かねた清水がやれやれといった様子で声をかける。
「海藤君ねえ、サト君はこの二日間合計三時間も寝てないんだよ? その状態でそんな頼みされても苛立たせるだけだよ。それにそもそも君自身の仕事なんだから自分でやるのは当たり前だろう」
「清水さん……わかってるんですよ。でもマジ今回大変なんですよー……」
がっくりとうな垂れる男は海藤満と言い佐藤探偵事務所勤務の探偵の一人だ。中嶋とは同期、と言っても同じ年に入社したというだけで新卒入社したわけではない。関係は至って普通の同僚、親しいわけでも険悪なわけでもなく友人と呼べるほどでもないというものだ。
海藤は行方不明者の捜索、家出の足取りを追う分野で才能を発揮する。聞き込みから得た情報と当事の状況を整理し、人間の心理に基づいた考えからいくつか有力候補を絞って捜索するというスタイルだ。根気の要る作業を持ち前の粘り強さと地道な努力でコツコツ積み重ねる、まさに誰もがイメージするような探偵らしい探偵といえる。
最初のコメントを投稿しよう!