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しかしそんな彼は今崖っぷちに立たされていた。仕事に関しては真面目に取り組むのだが、一年に一度くらいのペースで忘れた頃に新人でもやらないようなポカミスを犯し足元をすくわれる事がある。今回もそれが大きく関わっていた。
「この間のミスで減給されてるし、今度やらかしたらマジでクビになるような気がするんだよ! でも今受けてる依頼どうにも俺の不得意分野というか、サト君が向いてるというか……頼む!」
土下座しそうな勢いで頼み込む海藤。その海藤を見る中嶋の視線は冷ややかだ。海藤のたまにあるポカミスの原因は常に同じ。探偵でありながら彼は噓が下手という欠点がある。
といってもすべての噓が下手なわけでもない。海藤とて探偵、それも五年以上勤めている実績の持ち主。家出人捜索に探偵ですなどと名乗ってはあっという間に本人に情報がいきかねない昨今、噓もスキルのうちだ。海藤が苦手なのは「子供への噓」である。
大人はいいのだ、適当に煙に巻いてしまう自信がある。しかし反抗期をむかえる前の純真無垢な子供にはどうも弱いらしく、前回しでかしたミスも子供に噓がつけなかったことが原因だった。そして一度焦ってしまうとどんどん墓穴を掘るタイプで、結局探偵であることが先方にばれて依頼人に迷惑をかけてしまった。
佐藤から言い渡されたのは二ヶ月の減給。今必死に信頼とモチベーションを取り戻そうと業務をこなしていたのだが、今回入った依頼がどうにもキナ臭く自信がなくなってしまったらしい。
「状況を調べれば調べるほど手強そうな相手でさ、絶対俺またドジ踏む気がするんだよ。頼む! もう最終調査の段階だからここだけサト君にやってもらえればいいんだ、後は全部俺がやるから! サト君のネゴ頼りなんだよ!」
浮気調査や尾行を主にこなしている中嶋は咄嗟の機転やケースバイケースに強い。口車も上手く舌先三寸丸め込むのも事務所の中では一番と言っていい。浮気調査など恋愛が絡む事はトラブルや言いがかり、疑われるのなど日常茶飯事なのでダントツ鍛えられているのだ。ネゴ、ネゴシエーションスキルはたしかに中嶋が頭ひとつ飛び抜けて優秀である。
しかし誰がなんといおうとこれは海藤が受けた依頼、彼がこなさなければいけない事だ。探偵業は依頼の種類が様々なので専門分野が細かく分かれているが、誰が見ても今回は海藤の範疇である。
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