たかが恋

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たかが恋

昔から欲しいものは全て手に入れてきた。 【side鈴】 「お前は最低だ」 彼が言い終わる前にその頬を思い切りたたく。何度も繰り返し。 手加減をしているわけではない。華奢だが決して女性と同じ腕力ではない。そんな僕のビンタはさぞ痛かろうに、それでも大河はよけない。僕の方が余程痛いのを知っているのだろうか。 「きみは馬鹿」 「…」 「きみの軽率な一言で、苦しむ人がいるだろうに」 「…っ!!博保に手をだしたら!」 「出さないよ。ね?」 にこり、と、僕は学校中の少年達から評判の可憐な笑みを浮かべる。 「おいでよ。僕の傍に」 「…」 「大河?」 今すぐにでも殺せるなら殺してやりたい、そう伝える視線とは裏腹に、大河は大人しく近づき、僕を抱き締めた。ひどく震えた手で。 その、瞬間。 「なに、やってるの…?」 『偶然』この空き教室に入ってきた彼、大河の最愛の恋人、そして僕の…僕の親友が呆然と呟く。 弾かれたように顔を上げた大河は、それでも僕の腰から手を離さない。そう、だから大河って好きなんだ。 「大河?鈴?これって…」 「ん、見てわかるだろう?大河と僕、愛し合ってしまったんだ。ね?大河」 「……あぁ」 心臓が耳の側で鳴り響く。色をなくす博保の目。いつも柔らかい笑みで、独りぼっちの僕を受け入れてくれた博保。その時の僕ったらもう。歓喜と絶望で死んでしまいたかったよ。 全てを失って、全てを手に入れたんだから。 …嵐のようなあわただしで博保が走り去った後、大河は僕を殴った。その目には、涙。 「死んでしまいたい…」 そう言いながら顔を覆い僕に背を向ける大河を、僕はじっと見つめていた。 大河は死なない。死ぬほど苦しくても、博保を、正確には博保の家業の経営を助けるために死ねないのを知っている。鍵に握るのは、僕の実家。つまり僕の機嫌次第ってわけ。 言われるまでもないね、最低。 でもね、 「だってぼく、ほしかったんだもの」 僕が誰からも貰えなかった寛容が。優しく閉じ込める腕が。 「お前は最低だ」 僕の頭ガシガシとかき回す手が。 「絶対に許さない」 愛しいものを見るあの目が。 「死んでしまえばいい」 日だまりのような笑顔が。 …next
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