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08_迎え入れる蒸気都市
唸り声か悲鳴か。蒸気は分厚い金属容器に限度を超える寸前まで詰め込まれ圧縮され、逃げ場を失った高密度の特大エネルギーが調圧バルブに助けを求める。しかしまだ溜める。更に溜める。金属容器は破裂を予感し高温呼気は自我を失う。そして遂に、バルブは圧力を解き放つ。巨大な金属の四肢へ繋がる太枝に最高潮の蒸気が流れ込み、油を差した無数の歯車は音を立て高速回転、可動部は生き物のように踊り狂う。それはいつしか雄叫びに変わっている。蒸気機関の魅せる特大生命の讃美歌が鳴り響く。
「こいつはまだ控えめな方だな、音を抑えてある。そんな余裕までできたのか」
ブラステラギアには巨大な水路網が整備されている。真鍮を主とした合金で統一された船の通り道は日差しの下で黄金を思わせる輝きを放ち、絶えず流れる水を抱えても石材や木材のように汚れることも摩耗することもない。金属建材を中心とした重資材を運ぶための水路は中心から扇形放射状に組まれており、更に端では北と東の海をこの街と太く繋ぐ。水路の要所には蒸気によって稼働する大小の水門と“水流を生み出す”強力な装置が設けられている。これによって必要な箇所に必要なだけ水が流れ込み、果てには循環し、小型で簡便な貨物船は蒸気機関による推進力さえ搭載せずに済むのだ。この場所の成立と発展に大きく貢献してきた金属と蒸気の機能美。今では生活空間に溶け込み、蒸気技術の未来を描き造り上げるこの都市の象徴となっている。その景観はまるで他の地域よりも早く時を進んでいるかのようで、
「淀むぞ」
後頭部に何か固いものが触れた。金属製の水底とゆるかやな水流を眺めて気を抜いていたか。が、声の主が分かった以上慌てることも無さそうだ。
「早いですねガンナイさん」
振り返り終わる前に外套の下に武器が消えていた。小洒落た帽子を身に着けた初老の男。尊敬すべき我らが指導者。
「道に迷っちゃいかんと思ってな」
「おっしゃる通りです。水路中心の基本構造こそ変わらないが、ここの建物が入れ替わるスパンは郊外よりもずっと短い」
建物を上に積み上げることを覚え始めたことにより景観は一層複雑に入り組む。
「俺の場合は単に歳かも知れん」
「御冗談を」
早朝のブラステラギア。地平線の上にやっと顔を出した陽が眠そうに都市を温め始めた。まだ一般住人たちの多くが夢の中だろう。水路を往く小型船も僅かしか見当たらない。大博覧会の準備もまだ本腰を入れる前だ。
「ジト、会場の方は任せていいな?」
「ええお任せを。ガンナイさんはもう出発ですか」
「そのつもりだ。会場の地形だけざっと眺めたら、うちの可愛い記述士のところへ駆けつけてやらなきゃならんからな」
「はは、特命中の特命だ」
帽子の鍔が目元を隠すが、口元の皴を少し深めて笑っているのが分かる。なんせ依頼主は『ペンに隠した武器こそ強し』とする彼が唯一頭の上がらないあの女性なのだ。
「まあ列車には大した輩は潜り込みやしない。任せはするがお前さんの持ち場の方が気掛かりだな」
帽子の下から鋭い眼光が周囲を探る。合わせて自分でも人の気配を探る。水の流れる微かな音、零れる蒸気と遠くの小さな生活音。近くに誰もいないことが確認できても少し声を落として次の言葉を発する。
「“地下の客人”は今回も紛れてるはずだ」
「分かっています。余程の発明品が出ない限り彼らが動くこともないと思うのですが……」
「どうにかして一個を作り上げた奴らじゃなきゃ展示品はハリボテだ。この場で動くこともない。それは覚えておけ。客人は物を見る目も持ってはいるだろうが、まず要人を探して徹底的に観察する。そしてもし見つけたのなら、撤収際に追いかける。視線を探れ」
「なるほど……」
大博覧会の裏側はどうにも複雑に絡み合ってきた。けれど祭事としての表の面も緩やかに固まりつつ拡大して来たのだ。ガンナイさんはそれを経験値として持った上で的確に現在の空模様……否、“武器模様”を見抜いている。自分も賑やかな空気に呑まれることなくそれを、
「然し!」
突然思考を遮る稲妻のような声。
「しかしまずは愉しめよジト! 俺も最初は目を輝かせて走り回って全部の作品を見たもんだ」
睨むような顔でほっつき歩く方がそりゃあ怪しまれるだろうと師は言葉を添え、会場予定地へと身体を翻した。白を差し色に一本に結んだ彼自慢の長髪が弧を描く。
「ブラステラギア大博覧会! 盛大にぶちかまそうじゃねえか! ……いや、そうなっちゃまずいか」
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