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第3章
──管を通した鼻で呼吸をつづけ──
病室の広い窓から、春の新鮮な陽が差し込み、真っ白なシーツに真新しいぬくもりを与えていた。
4歳になった幼女の鼻には生まれた時から管が通され、この県立こども病院から一度も外に出たことはなかった。当然、太陽の光を浴びることも、風が頬をくすぐることも、樹々のざわめきや花の匂いも知らない。
成長するにつれて、少しずつ身体も大きくなり動くようになったが、やはりまだその丸い頬の顔から表情は生まれなかった。
その日もシングルマザーの母親は、仕事のために夜にならないと来れないため、幼女はひとりベットの上で起きていた。広い窓からは、薄青い空が広がり白いふんわりとした雲が流れている。幼女がじっと無表情のまま見つめていると、スズメのさえずりが聴こえて来た。自由に生きる喜びをあらわすかのようなさえずりが……
もちろん幼女も、難病を抱えた小さな身体で懸命に生きている。まだ何も表情も意思も示さないが、スズメのさえずりを聴きながら、生きることを諦めていないし、管を通した鼻で呼吸もつづけている。
しばらくすると、日課となっているセラピー犬の白いゴールデンレトリバーがやって来た。ベットの上に長い顔を乗せ、やさしい眼差しで幼女を見つめる。幼女とセラピー犬は、じっと見つめ合った。
するとはじめて幼女は、セラピー犬の長い顔の方へ、その壊れそうな小さな指を広げ、ゆっくりと手を伸ばした。何事にもまったく反応を示さなかった幼女が、ついにセラピー犬へ小さな手を伸ばし興味を示したのだ。
そしてセラピー犬は、その小さな手を受け止めるかのように、さらにじっとあたたかな眼差しで幼女を見つめつづけた。
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