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流斗君と別れた私は、センターの売店で、宇宙食や人工衛星の小さな模型、それに星座をプリントしたハンカチを買う。もう一度、見学スペースをじっくり回った。
が、帰りも六時間かかる。明日は仕事だから、そうゆっくりしていられない。
昨日と同じ高速道路を走る。途中のサービスエリアで、職場、そして母の家族へのお土産に、ご当地ふりかけや、饅頭、スフレなど買い込んだ。
せっかくなのでここも写真を撮った。
サービスエリアの事務室を思い切って訪ねてみる。大学のホームページで紹介したいと伝えたら、やはり本社の担当に聞いてほしい、とのこと。
戻ったら、色々やることある。彼に会えなくて寂しい、なんて泣いてる場合じゃない。
宇関についたときは、日はすっかり落ちていた。
その夜、スマホに入った着信は……母からだ。まだ宇関にいるそうだ。
母の泊まるホテル一階のレストランで会った。
サービスエリアで買ったお菓子と、宇宙センターで買った宇宙食を手渡した。
途端に母の目に涙が浮かぶ。
「やめてください。そんな高いものじゃありません」
「宇関から出られたのね」
母が泣いたのは、土産物そのものより、私が遠く離れた場所に行けたことなのだろうか。
「朝河さんには会えた?」
宇宙食のお土産を見つめて言われた。
「え、あ、まあ」
昨夜の彼を思い出し、ついうつむいてしまう。
「仲直りしたみたいね。でも、不倫は早めに撤退した方がいいわよ」
「不倫? 何言ってるんです?」
「朝河さん、若い子と結婚したんじゃなかったの?」
「あ、それ……勘違いだった……」
母の顔をまともに見られない。
「そうよ。あれだけ、なこを心配してくれる人が、他の人と結婚するわけないもの」
「あの……ママと朝河さんって前から知り合いだったの?」
祭りの時、彼らは初対面だったが、親し気に話していた。
「なこの誕生日のころかな? あなたのお友だちと名乗る若い男性から、電話がかかってきたの。私が送ったプレゼントの伝票を見たって。念のために検索したら……若いのにすごい先生なのね。びっくりしたわ」
あの日。
母からのプレゼントが遅れて到着し、流斗君にその場を見られ……その後私たちは、初めて結ばれた。でも、彼が新しいパソコンに乙女ゲームを入れたりして、大騒ぎになって、一方的に絶交したんだっけ。
いろいろありすぎて、今から思うと笑ってしまう一日だった。
「そのあと電話が来たのは、二月前かな。しばらくあなたのそばにいられないから、見ていてほしいって……それなのに私は勇気がなくて……あなたからプレゼントが返されてようやく気がついたの」
母が震えている。
流斗君は、私の異常な様子から、プレゼントの送り主がどういう人間か、気になった。衛星打ち上げに専念したくても、私のことが気になって、母に託したんだ。
「ごめんなさい! 私が悪いのに、あなたに拒まれるのが辛くて、儀式さえ阻止できればいいって……」
テーブルに伏せる母を、私は静かに見下ろす。
いいよママ。気にしないでね。私はもうママを恨んでないから……そんなことばをかけて、この人を楽にしてあげる気にはなれなかった。
ひどいよママ。私を捨ててリア充したあなたを、絶対許さないから……そんな風に言って、自分を惨めに落としたくもなかった。
「もう早く帰らないと。受験生二人が待ってるよ」
今の私は、そう答えるのが精いっぱいだ。
私たちはレストランを後にした。
ホテルのロビーで去ろうとする私を母が引き留め、抱き着いてきた。
母が私の肩に頭を乗せしがみついている。何とも奇妙な心地だ。
でも、不思議と不快ではない。
「さよなら、お元気で」
私は笑顔で告げて、ホテルを後にした。
空を見渡す。まだ月は出ていない。今は下弦の月だ。
私はこれから月が出るだろう東を向いた。
「さよなら、お父さん」
父には領主の末裔としての誇りがあった。が、領主であり続ける力はなく、事業を破綻させた。表向きはいい人だったが、幼い娘を売り飛ばすような男だった。
私は笑った。泣きながら笑った。でも、また何か歌いだしたくなるのだけは抑えた。
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