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翌日、いつも通りの日が始まる。なのに、久しぶりに出勤したかのような気持ちになった。
「沢井課長、私、昨日、実は、宇宙研究センターに行ってきました。あ、お土産です。サービスエリアで買いました」
「あら? お母様が押し掛けて休んだんじゃなかったっけ?」
まあ、それは全く嘘とは言い切れないけど。
「あそこは遠くだから、泊ったんでしょ?」
「その、母が興味があると言って……」
ああ、嘘くさい。恥ずかしい。
が、沢井さんは特に追求しなかった。
「これが写真です」
宇宙研究センターの見学スペースの様子を、沢井さんに見せた。
「すごいわねえ。うちの大学も予算があれば、こういう展示場作れるんだけどね」
「センターから許可が出れば、うちの大学の宇宙観測衛星サイトに、この写真を載せようと思います」
「その辺は大丈夫じゃないかな? 断られたら、私から再度頼んでみるから」
また、新たな仕事ができた。
昼休み、海東さんがこそっと聞いてくる。
「朝河先生を追いかけていったんでしょ?」
「い、え! いや、大学でやってる宇宙プロジェクトに興味があって」
「だって、那津美さん、この二か月、どよーんとして可哀相だったけど、今日は張り切ってるもん。仲直りしたんでしょ?」
そんなにバレバレだったのか。
「長年、喧嘩していた母と和解しましてね」
照れ隠しに、事実の一つを告げる。一応、それで休んだことにしたし。
「親子なんてそんなものよ」
そんなものかどうか私にはわからないが、それが私を自由にさせてくれたのは本当だ。
宇宙研究センターとサービスエリアの本社から、ホームページ掲載の許可と修正案が届いた。
流斗君からは、数日おきに、短いメッセージが届くようになった。私もそれに簡単に返信する。
やはり、毎日テレビ電話する余裕はないようだ。
うん、それがいい。それでいい。
その代わりではないが、あの葉月さんからメッセージが来た。
どんな写真が来ても驚かない。不安になったら流斗君に聞く。ただし、衛星が軌道に乗ってから。
覚悟してメッセージを開いたら『ごめんなさい』とだけあった。
勇気を出して、葉月さんに電話をしてみる。
「カサミン……葉月さんでいいのかしら? どうしました?」
「朝河先輩に叱られたの。私、写真にいたずらしてよくできたから、素芦さんに自慢したかっただけなのに、勘違いするなんて思わなくて」
その辺、どうなんだろう? 彼女、なかなか私に挑発的だった。
「こちらの大学院に移るとか、同じマンションに住むとか……」
「同じマンションとは言ったけど、同じ部屋とは言ってないよ……」
そういえば、呼び方が「リュート」から「先輩」に変わっている。
「あ、あの……朝河先生とは、前から電話やメッセージしてたんですか」
しまった。気になって聞いてしまった。
流斗君が前から言ってた『毎晩話す好きな女の子』が、彼女かどうか確かめたくて。
「あー、うーん、嘘言っても仕方ないよね。あたしが朝河先輩に叱られるだけだし……先輩からは、中学卒業してから何も連絡なかったよ。思い切って取材申し込みしたのに、ムシされるし。やっとメール来たと思ったら、あなたの動画を削除してくれ、だもん。しかも先輩、あたしがブロガーだってわからなかった」
安心するとともに、申し訳ないような可哀相な気持ちになってきた。
「朝河先生たちの研究を助ける装置が作れるよう、機械工学をがんばってください」
「あちゃー、今さ、それどころじゃないの。ネットの方が楽しくなっちゃって、ヤバい。留年しちゃうかも」
流斗君が心配した通りだ。
「葉月さん、勉強に専念して、また戻ってくればいいと思います。パワーアップしたカサミンなら、またファンを取り戻せますよ」
「そうねー、でもカサミンは卒業かな」
それから間もなく、カサミンチャンネルで、しばらくお休みすると挨拶があった。ファンとしては、これからも応援したい。
でも流斗君に近づいてきたら……その時はまた考えよう。
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