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開いて
非常に美しい箱だった。
滑らかな木で作られた、両手に包んでしまえるほどの小さな箱だ。大切にされてきたことがよくわかる。その、上下に開けるようになっている蓋の、留め金の上に、鍵穴があった。
「鍵を持っている人を、探しているんです」と、女は言った。
「世界のどこかに、これにぴたりと合う鍵を持った人が、いる筈なんです。もうずっと、探し続けているのに」
女は、ずいぶん長いこと、ひとりで歩き続けてきたようだった。小さな箱を大事に抱えて、鍵を持った誰かと会うことを願って。
「中には何が?」
「鍵を持っている人にしか、それは話せません」
にべもなく、女は首を振る。そうですか、それでは、と私が歩き出すと、女は私の服の裾を掴んだ。
「鍵を持っている人を、知りませんか。このままでは、この箱を開けることができないのです」
私は彼女の憔悴しきった顔を見て、少し気の毒になった。そっと、その手を解いてやる。
「気がついていないのかもしれませんが、鍵は、あなたの首から下がっていますよ。その箱は、あなたが鍵を渡したいと思う人なら誰にでも、開けてもらえるものなんですよ」
女は、自分の胸元に光る鍵を見た。その目から、大粒の涙が溢れ出した。
novelber 1日目「鍵」
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