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合意
ぼくは、同期の川村さんの秘密を知っている。と言っても、そんなに大した秘密ではない。酔った彼女が自ら教えてくれた、些細なものだ。でも、それはぼくにとって、他への優越を感じさせてくれるものだった。なんといっても、川村さんは美人なのだ。
だから、川村さん以外の同期と飲みに集まって、ひとりが「俺はな、川村さんの秘密を知ってるんだぜ」と言い出したとき、変な声が出た。ぼくと同じように変な声を出した他の同期たちが、変な顔をしたまま「実は俺も」「ぼくも」と言い出して、最後にはぼくも「実は」と手を挙げた。
最初に話題を出した男が、変な顔で一同を見回した。
「それぞれ、どんな秘密を知っているのか開示しあおうじゃないか」
しかし、言った本人をはじめ、誰も開示しようとはしなかった。それは川村さんを気遣ったというよりも、自分の知っている秘密が他の面々の知っている秘密よりも『劣って』いるのではないかという、一種の恐怖からきたものだったと思う。誰もがお互いの顔を気まずそうに眺め、目を逸らし、味の分からなくなった肉を噛んだ。特に、最初に話を始めた男は、途中から誰のことも見ずに、窓の外ばかり見るようになった。
妙な緊張の中、誰もが何ひとつ楽しさを見出せないまま、飲み会が終わった。店を出たぼくたちは一瞬、誰ともなく目配せを交わし合った。
『今日のことは、川村さんには秘密』。
novelmber 2日目「秘密」
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