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隙間を埋める
残酷な描写があります。ご注意!
隙間を見ると、埋めたくなるんです。だからシーリング施工の会社に入って、日夜、建物の隙間を埋める作業に没頭しているという訳なんです。私の部屋に、一度来てみてご覧なさい。隙間なんてものが生じないように家具をピッタリ壁につけて配置し、本棚の、本と本との隙間も生じないように、計算して詰めているんです。どうしても出来てしまう隙間は、テープで目貼りしています。とにかく、私の前に、その空虚な間隙を現さないでくれさえすれば、それで心の平穏は保たれますからね。
外を歩けば、私の工夫の及ばない隙間がたくさん見つかります。しかし、もうそれは仕方のないことだと割り切って、意識から締め出して暮らしているのです。だって、アパートの廊下にさえ、目につく隙間は無数にあるのですからね。気にしすぎて発狂しないように、気をつけてはいたつもりです。
けれど、どこかで、やはり狂いは生じていたのかもしれません。あの晩のことは、今でも後悔しているのです。
あの晩、私は恋人と共にいました。普段、私は、恋人の体の輪郭が形作る、柔らかな稜線を感じるのが好きでした。しかし、あの晩はどうしたことか、その柔らかさが即ち「無数の隙間」を生じさせるものであることを、明確に私に意識させたのです。密着しているはずの私と彼女の間にさえ、隙間があったのです。拭い去ることのできないそれを、月明かりの下で、私は潰そうと思いました。そのために、彼女の体を「平らにしなくては」。
彼女がどんな抵抗を示したか、あろうことか、私はまったく覚えていないのです。彼女の体の曲線的な部分をあらゆる試みによって平らにした私は、最後に、布団などを圧縮する袋に、彼女を閉じ込めました。内部の空気がなくなり、袋の素材が彼女にみっちりと貼り付いたのを確認したとき、私は非常な満足を覚えました。彼女と、彼女を取り巻く世界との間に、今や隙間はありません。それは、その晩の私の心に、圧倒的な安堵をもたらす光景でした。
そう、後悔しているのです。なぜ、もっとあらゆることに注意を払って、あの美しい光景を永遠のものにしなかったのか。なぜ、もっと寒冷な気候の中で、作業を行わなかったのか。類い稀なる美の極地である芸術品が、あのように無惨に崩れて。ほら、ご覧なさい、また隙間が広がって。空気を抜かなくてはいけません。空気を抜きさえすれば、例え形は崩れていても、彼女と袋との間に隙間は生じないでしょう。ああ、手を離してください。空気を抜かせて、隙間を、埋めさせて。
ノベルバー「隙間」
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