さよなら

1/1
前へ
/66ページ
次へ

さよなら

 地下一階から階段を上がると、そこにお姉さんがいる。ママもパパもお兄ちゃんも、そんな所にお姉さんなんているわけがないよ、行くんじゃないと言うけど、実際にいるんだから仕方ない。なぜか私にしか見えないらしいお姉ちゃんは、こうして時折、私を呼ぶ。  元気にしてた? とお姉さんは笑う。元気にしてたよ、と言うと、私の頭を撫でてくれる。お姉さんの手のひらは、とても暖かい。  何にもしてあげられなくてごめんね、と言うお姉さんに、私は首を振って、持ってきたお菓子を差し出す。びっくりした顔で、お姉さんはちょっと黙ってしまう。大丈夫、お腹でも痛いの、と聞くと、お姉さんは目をこする。ううん、ありがとう、あなたは優しいのね、と、寂しそうに言う。  お姉さんは線が細くて色が白くて、髪の毛が長くて、とても美人。ニコニコ話を聞いてくれるから大好きなんだけど、今日はとても悲しそう。あのね、と、お姉さんが言う。このアパートの跡地には、大きな商業施設が建つの。だから、あなたたちはもう、ここから出ていかなくちゃいけないんだ。それを、ママやパパやお兄ちゃんにも、伝えてくれるかな。  そうなんだ。それならもう、仕方ないね。  私は頷いて、お姉さんにさよならをする。お姉さんが振り返してくれた手首に、大きな数珠が光っている。その綺麗な色が目から離れないような気がする。そして私は、地下一階へ、積み重なった瓦礫の下へ、パパとママとお兄ちゃんの待つ場所へ、降りて行った。 ノベルバー「地下一階」
/66ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加