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ピン
あいつと絡むと、いつでもその場に笑いが起きた。しんと静まり返った教室の緊張は解け、青筋立てて怒っていた教師も笑いを堪えられず、お前らに免じて今回は目を瞑るよなんて言ってくれたりもした。学校祭では本格的にネタを考えて、生まれて初めて漫才をやった。今考えたら、そのとき流行っていた芸人の真似事でしかなかったけれど、体育館中の観客がどっと笑う様子に、おれたちの進む道が見えたと思った。
大学には行かず、上京して、ふたりで笑いの道を目指すことにした。アルバイトをしながらオーディションを受ける毎日。厳しいことしかなかった気もするけれど、あいつとネタを考えているときは、他に何も目に入らなかった。あいつとなら、純粋に笑いを突き詰めていけると思っていた。
今、俺はひとりで舞台に立つ。これから俺を知る人は、俺がかつて、あいつと共に漫才をやっていたということを知らないだろう。ひとりでこの道を目指し、ひとりでネタを練り、ひとりで笑いを追求していくのだと。
けれど、それは違う。おれは、おれの中にしかもういないあいつと一緒にネタを練り、今も、あいつと一緒に舞台に立っているのだ。
眩しくて熱いライトに照らされて、左肩の方に、あいつが立っているのが分かる。観客席の真ん前、一番いい席に、あいつが座っているのが分かる。
あいつが、笑っているのが分かる。
novelmber 「ピン」
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