おわかれ

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おわかれ

 鏡の中に映るあなたは、鏡の中の世界に生きる、もうひとりのあなただ。この世の全ての鏡は、この世と対になる鏡面世界を映し出している。私たちの世界と鏡面世界とは、完璧にリンクしている。だから、あなたが鏡の前に立ったとき、鏡面世界のあなたも、そこに立っているのだ。  しかし、誰もそれに気がついていない。あまりに完璧なリンクなので、鏡像とは、光の反射によってできるものなのだと、誰もが信じてやまない。鏡面世界の住人たちも、同様だ。あちらの人間たちは、私たちを鏡像だと思っている。  だが、その完全なリンクが、稀に不具合を生じることがある。鏡像が完全には自分と一致していないということに、気付いてしまう人間が現れることがあるのだ。  そう、あなたのように。  あなたは先ほど、鏡に映る自分が完全でないことに気がついてしまった。だから、鏡に映る自分とは違う行動をとってしまった。鏡面世界のあなたはひどく驚いて、ほら、心臓が止まってしまった。  可哀想に。あなたはもう、無限に参照し合う二つの世界から、弾き出されたも同然だ。あなたは完全にひとりになってしまった。  ほら。もう、鏡には映れない。 novelmber 1日目「鏡」
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