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「あれ? 今のは……」
気が付くと、沖田は布団の上で横になっていた。
「夢、か……ははは、土方さんがここに来るわけないか」
庭の方から「パチパチ」という焚火の音ともに、「ニャー」という猫の鳴き声がする。
「黒猫か……」
彼は、枕元に置いてあった刀を手に持った。鞘の先を地面に押し当てながら、縁側からゆっくり下りる。
ガラス玉のような黄色い二つの目は、こちらの方を黙って見つめていた。
沖田は刀の鞘をその場に捨て、黒猫に切りかかろうとするが、思うように狙いが定まらない。
黒猫は、なおもこちらを見つめていた。
もう一度切りかかろうとするが、ついに握っていた刀が手から離れる。刀の落ちた音に驚いた黒猫は、どこかへ逃げて行ってしまった。
「……だめだ、斬れない。猫にまで見通されているようじゃ、な」
庭に転がり、ふと目を閉じる。
彼の脳裏に浮かぶのは、かつて土方と語り合った夢。
沖田はゆっくり起き上がった。庭の焚火には先ほど家主が剪定していた枝や葉がわずかに残っていた。懐にしまっていた紙を焚火の中へ放り込む。
『差し向かう 心は清き 水鏡』
「パチパチ」と、音を立てて燃えるさまをその目で見届ける。そして、「お前も来い」という土方の言葉を頭の中で反芻した。
『動かねば 闇にへだつや 花と水』
「この身が滅びようとも、魂だけは……」
その数日後、沖田は一人静かにその生涯を終えた。
(了)
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