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 自転車で坂を上りきると、眼下に僕が住む団地の集合住宅が見えてくる。いくつも並ぶ長四角の白い住居棟は、積み木のようだ。  今度は緩い坂を下る。積み木に見えた物体は、急速に生活感を増しながら迫ってくる。  一棟に何家族入居しているのか。核家族がほとんどだとしても、かなりの人間がこの中に居て、それぞれの毎日を送っている。  幸せかどうかは知らない。  ここに住んでいたら、大抵は歩いて10分くらいの公立の中学に通う。けれど、僕はこの春、私立の中学に入学した。    ほんの少し成績が良い僕に、両親は期待をかけた。 「崇士(たかし)、私立の中学を受験してみない?」  生活に余裕があるわけではない、ごく普通のサラリーマン家庭だ。  母が私立を勧めたのは、狭い人間関係をリセットさせたかったのかもしれない。  いじめられているわけではない。ただ僕は、周りから浮いてしまう時がある。言わなくていいことを指摘する。探偵もののアニメの主人公なら拍手喝采を浴びるが、現実には舌打ちされるだけだ。  家計に負担をかけないように、塾には通わなかった。落ちたら仕方がないと思っていたが、合格した。 「やっぱり崇士は天才ね。トンビが鷹を産むって、こういうことを言うのね!」  母は手放しで喜んだ。  それって、父に対して嫌味なんじゃないかと呆れた。  けれど父は「今日は祝杯だ!」と、飲めもしない日本酒を飲み、早々に潰れた。    わが家では天才扱いしてもらえても、学校に行けば大したことはない。同じような学力の生徒が集まって受験するのだから当たり前だ。それでも僕と同じような人種がいることがわかったのは、儲けものだった。いわゆる理系オタクだ。こいつ理詰めで話してくるよな、と思っているとそういう輩だったりする。  本好きのクラスメイトがいるのも嬉しい。教室で本を開いていても、別にかっこつけてるようには思われない。  僕が好きなのはミステリーだ。 「何、読んでる?」  興味を示した奴に表紙を見せると「それ、読んだ」と言われることもしばしばだった。  もちろん、トリックをばらすような野暮なことはしない。  そして僕の癖は、日常の中の謎を推理することだった。
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